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ChiBiz Inside no.004

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●日本流の綿密な資料が嫌われるワケ
●震災と新幹線事故が中国の日本観を変える

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【中国見聞記】日本流の綿密な資料が嫌われるワケ

先日、久しぶりに深センにある清華大学研究科のMBAで講義をした。私の担当テーマはCPOで、授業は7時間も続く。こうした講義を行って思うことがある。それは、中国の学生と日本の学生の違いについてだ。日本でも、東京大学や早稲田大学で10年以上教鞭をとってきたので、どうしてもその違いについて考えてしまう。

授業中の発言や質問は圧倒的に中国での授業での方が多い。しばしば、質問攻めにあって授業が中断するほどだ。分からないことをそのままにしておくのが嫌いなのかもしれない。しかし、実際に文章を書かせてみたりすると、期待ほど出来はよくない。学生に考えさせる実習の場などでも、なかなかアイデアが出てこなかったりする。清華大学でも多くの学生を教え、北京航空航天大学でも教鞭をとってきたが、その傾向はさほど変わらないように思う。同様に、ビジネスのシーンにおいても日本企業と中国企業の間には、かなりの違いがあるように感じている。日本企業の側に「何が欲しいのか、何がしたいのか」を聞けば、よく考えられた答えが返ってくる。ところが中国企業に同じ質問をしても、はかばかしい返事が返ってこないことがよくあるのだ。投資家に、何に投資をしたいのかを尋ねても、事業家にどんな技術を獲得したいのか聞いても、「何でもいい、分からない、教えてくれ」となってしまう。「本当にちゃんと考えているのか」と心配になることすらある。

日本では、普段は黙っている人が多い。けれど、聞いてみると色々と深く考えていて、ちゃんと意見を持っていたりする。ただ、公の場で進んでそれを披露したり、旗色を明確にしたりすることには消極的な人が多いようだ。他人に評価されることを極端に嫌う傾向があるのかもしれない。

一方、中国では人々が、収集がつかなくなるほど大きな声を出し合い、コミュニケーションを図っている場面によく出くわす。しかし、よく聞いてみると、何か一つの解答を求めて白熱した議論を重ねているわけではない、というケースがほとんどだ。何かを真剣に考えるために議論しているわけではまったくなく、気の向くまま思いつくまま、ただ大声で喋っているのである。

ひょっとしたら多くの中国の人たちは「ちゃんと考え、意見をもつ」ということをあまりしようとしないのではないか。そんな疑問を感じ、いろいろな人に尋ねてみたことがある。すると、大多数の人たちが「そうかもしれない」という。その理由についてもいろいろ聞いてみたが、一番多かった意見は、「国民全体が、常に『こうしなさい』と指導され、それに従うことに慣れ切ってしまった結果では」というものだった。

そんな事情を反映してか、日本企業と中国企業では、判断の下し方がまったく違う。

日本企業の「判断のスピード」に関しては、みなさんもよくご存知だと思う。これに対して中国企業の判断は、一般論としておそろしく速い。ほとんどの場合、トップが出てきて即決するのだ。部下たちに意見を求めることはまずしない。部下に調査を依頼することはあっても、判断させることはほとんどないようだ。

ところが日本企業では、トップが商談に来ることはめったにない。あったとしても、そのトップは商談で挨拶はするが、まったく喋らなかったりする。中国企業にとって、それは信じ難いことなのである。

商談で使われる資料からしてまったく違う。多くの日本企業は、事業計画書などの作成に心血を注ぎ、多くの論考やその裏付けデータをこれでもかと盛り込む。その結果として、できた計画書はとても一度では読みこなせないページ数になったりする。それを提出する相手が日本企業であれば、「その努力に応えなければ失礼」ということで、とりあえずは読み、それを説明するための長いプレゼンテーションも聞いてくれるはずだ。

けれどもこういった資料は、中国企業からはまず受け入れられない。日本流に多量の資料を出すと、間違いなく簡潔なものに作り直すことを要求されるだろう。再度作られた資料を渡して説明を始めようとすると、相手は「もういいです、分かりました」と言う。そして、「次」はなかったりする。判断するのは担当者ではなくトップである。DVDやビデオを使った感覚に訴えるものならともかく、数式や図表などいくら多用しても見てはもらえない。

それどころか中国のビジネスでは、パートナーシップや投資などの判断は会議の前の会食でほぼ決まっていたりする。重要なのは綿密な計画書ではなく、会食での会話からうかがえる、相手方のトップの考え方なのである。

しっかり考え意見はあってもなかなか決めない日本型と、じっくり考えてはいないようでも即断即決する中国型。さて今後グローバルを制するビジネススタイルはどちらなのだろうか。★
(山田太郎)

【ニュースの深層】震災と新幹線事故が中国の日本観を変える

まさにそのニュースは、私が北京に滞在している間に飛び込んできた。7月23日、浙江省温州方面行き中国新幹線が衝突、脱線した。今から3カ月前、私が温州から上海虹橋駅まで乗車したまさに同じ路線。4時間半の乗車で見たあの時の車窓を思い出し、複雑な心境になる。先週、北京と上海の新幹線が開通し、さらに中国が新幹線の特許を米国で申請することが日本でも大きなニュースになっていた矢先のことだ。北京、上海間の新幹線乗車に一番乗りをしようとしていた私に友人が「やめておけ」と言っていたことを思い出す。

中国鉄道部長(大臣)がすぐさま現地に赴き事態の対処に当たっている。目の前で流れる事故のニュースを、街角にあるテレビ、食堂で、空港で、多くの中国の人々がテレビの前で凝視している。私は「この事故についてどう思うか」と現地の中国人に聞いてみるが、衝撃を食らった人々の口は重い。それぐらいこの新幹線は、経済と科学技術の力を象徴する大きな存在だったのだろう。

もちろん、一度の新幹線事故が中国の技術力全体の問題につながるわけではない。しかし、開業以来小さな事故が続き、「起こるべきして起こった事故」と考えている中国人が少なからずいることから、中国人が自国の科学技術や安全性を評価する際に一定の影響を与えることは間違いない。さらには、日本の東日本大震災以来、変わり続けて来た中国の日本に対する見方や姿勢を再び大きく変える要因にもなり得る。そうなれば当然、日中のビジネスにも大きな影響が及ぶだろう。

ここで、中国新幹線事故以前から事故までの、その見方の変化について振り返ってみたい。

同じ23日、北京で北京和僑会設立1周年のパーティーが開かれていた。そこで私も参加してパネルディスカッションが開かれたのだが、東日本大震災に対する中国人の日本に対する見方の変化について非常に興味深い話題が提起された。それは、中国人が東日本大震災とその後の日本の対応を通して日本に対する見方が「同情」から「尊敬」へ、そして「不信」から「優越」へと変化していったということだ。

「同情」(3月11日地震発生):同じ地震大国として中国も四川大地震や唐山大地震など数々の震災を経験している。四川大地震では、日本のレスキュー隊が被災し死亡した中国の方々への敬礼と黙祷を丁寧に行ったことが、中国人の心を打った。その後、私が乗車したタクシーの運転手からも「もし、日本で何かがあったら、自分はすぐに助けに行くよ」とレスキュー隊に対するお礼までされたのを思い出す。同じ被災国のアジアの隣人として、自然との闘いに関して同じ思いを抱いたのだといえるだろう。

「尊敬」(地震後の現地の対応):津波で非難する人達が正しく列を成し食料や水の配給を受けている姿、被災者でありながら他人の支援も積極的に行っている現地ボランティアの姿、こんな緊急時でありながら暴動や略奪もなく粛々と清清と災害に当たっている現地の人々の姿が全世界に報道され、日本に対して多くの中国人が尊敬の念を抱くようになった。連日の中国のマスコミもこの日本の尊敬すべき姿を伝えていた。

「不信」(福島原発事故発生):3月12日、福島第一原発の1号機が爆発した。日本政府はこの事態にうまく対応できず混乱が続いた。放射能の危険性やその影響についても「隠蔽している」と世界中から疑われ、多くの国が日本退避命令を出し、外国人が日本を離れる事態となった。中国から日本に来ていた留学生や労働者も一斉に日本を後にした。中国では「日本食は放射能に汚染されている」との風評被害から日系のレストランが苦境に立たされた。日本の製品も放射能に汚染されているのではないかと疑われ、日本製品に対する不買運動まで起きたのである。中国では食の安全性が頻繁に問題になるが、放射能についても相当に敏感だ。日本人よりもっと敏感かもしれない。技術大国日本がどうして何日たっても放射能問題に対応できないのか、いつまで放射能を中国や世界にばら撒き続けるのかとの不満から、人々は日本の技術力に不信感を抱くようになった。

「優越」(東北地方の復興の遅れ):5月半ば過ぎ、政府復興予算の決定や実施の遅れに象徴される政治の混乱は、「日本は自力で復興ができないのではないか」との疑念を中国にもたらした。中国は、四川大地震の際も1カ月~2カ月でほぼ復興のメドを付けた。一昨年は「神船5号」「神船7号」と立て続けに飛ばし、ソ連、米国に次いで日本を追い抜き、世界で3番目の有人ロケット発射成功国となった。今年の4月、GDPで日本を追い抜き米国に次ぐ世界第2位の大国となった。そして中国新幹線の特許を米国で申請するというニュースが飛び込んできた。経済や技術において日本を抜くことが中国の目標だったが、「日本の技術は無根拠に受け入れるべきものではない」「すでに中国で作れないものはない」「日本より中国の方が優れている」など、中国の優越性を誇る声が高まっていった。

そんな矢先、今回の新幹線事故が起こった。事故処理の途中で車体を埋め、その中から生存者が出てきたニュースが流れてきたことは、中国人が自国への不信感を大きく持つきっかけとなった。さらに立て続く食品問題、食用油をめぐる問題も同時に大きく報道され自国への不信感はさらに深くなっていく。

この事故から1週間を経て、大きな変化が起きつつあるように思う。中国各地をまわっていて聞こえるのは「日本の技術をきちっと中国に導入しよう」という再評価の声だ。「日立製の鉄道運行システムが事故を防げなかった」という中国鉄道省の発表がかえって「日本の技術が本当に導入されていればこんなことは起こらなかったのに」という思いに火をつけた格好だ。1964年、東京オリンピックにあわせて開業した新幹線は、開業以来半世紀近く無事故を続けている(これまで自殺者が飛び込みをしたケースはあるが)。改めて日本の技術力の高さと安全に対する考え方の厳格さを感じさせられる。このことを中国人が再認識し始めたのだ。

今回の中国新幹線事故が自国に対する見方、さらに日本に対する見方をどこまで変えるかは、現在進行中の話であり正確には予測できない。ただ、震災、そしてこの事故を通じ、日本の進むべき方向性は見えてきたように感じる。それは、日本は中国を始め世界の評価がどうであれ妥協することなく、品質がよく信頼性の高い製品やサービスを出し続けていくことだろう。その地道な努力が世界の人たちの評価を「不信」から「信頼」、「信頼」から「尊敬」へと繋げていくのだと思う。

日本は他国からどの様に見られるかをとかく気にする。それも大切だが、己を知り、自らが守るべきものを見極めることはもっと大切だ。その信じるものを育て、伸ばし、その上で他国と戦略的に付き合っていくことこそが私たちがとるべき道なのだと改めて感じるのである。★
(山田太郎)