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ChiBiz Inside no.010

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●絶対に言ってはいけないこのセリフ
●中国ビジネス成功のカギ、80后の実態

>>CONTENTS

絶対に言ってはいけないこのセリフ

中国に董事長として赴任することになったという知人から、どうしたら中国の現地従業員をうまく働かせることができるかと聞かれた。私は、かつて中国企業を買収し100名以上の中国人従業員をマネジメントした経験がある。そのときは、ずいぶん苦労をした。どうしたら上手く中国人の部下をマネジメントできるかというのは、とても難しい問題である。突き詰めると、結局は中国人をトップに据えて任せた方がいいという結論になってしまいがちだ。我々日本人には理解しがたい中国人のプライドや面子の問題があるからである。ただ、自身の経験から、どうすると中国人と上手くいかなくなるか、中国人の部下を怒らせてしまうか、ということについては十分に経験している。それをあらかじめ知っているだけでも、ずいぶんと結果は違うのではないかと思う。

場面1:みんなの前で叱って「面子をつぶすこと」

これをやってしまったことがある。従業員全員にそのミスについて詳細を共有しておこうとしただけで、ずいぶんやわらかく説明したつもりだった。しかし、その中国人従業員は会社を辞めると同時に競争相手企業に転職し、徹底的、かつ執拗に当社の顧客を奪っていった。私に面子をつぶされたと感じた彼は、きっと今でも私のことを恨みに思っているのだろう。

何か中国人従業員が仕事で失敗した場合、みんなの前で叱ったり、その過ちをケースとして皆に失敗をしないことと諭したりするのは最悪だ。面子をつぶされたと感じた中国人は、大げさにいえば末代まで恨む。こうなってしまったら、まず関係修復は不可能だ。

日本では、時間が忘れさせるとか、水に流すと言った考え方がある、それは、中国にはまったくない。それがどれくらい執拗かというとこんなエピソードが中国にはある。900年近くも前のこと、南宋の宰相だった秦檜(しんかい)将軍の話である。彼は隣国である金との和平を進め講和を結ぶが、その過程で軍閥を弾圧し、さらには権力保持のために恐怖政治を敷いた。このため、その名は売国奴として後世にまで語り継がれ、杭州の岳王廟にある秦檜夫妻の像に唾を吐きかける人は今でも絶えない。日本には、死ねばどんな悪人でもその罪が許されてしまうという考え方があるが、中国にはそのようなものはない。だから、自分は覚えていなくても、相手の中国人は心の中でずっと恨み続けていたりするのだ。

場面2:そんなこと常識だろうと「自分で考えさせる」

最悪な言葉は「そんなことは当たり前だろう」「常識で考えてくれ」「大学を出ているのだから自分でなんとかしろ」「言わないとわからないのか」などだ。場面1で指摘した面子を傷つけるだけではない。こう言われると、中国人従業員は、自分の利益を中心に勝手に考え行動し始めるのだ。

かつて私は、まとまった会社の運営費用を中国人総経理に渡したことがある。そのとき、「この金を上手く運用してください。現地の総経理なのだから常識で考えてくれればいいと思います」と言ってすべてを彼に委ねてしまった。会社には、予算があり、董事会でもその予算についてしっかり議論した後だったので、その総経理はしっかり予算通り進めてくれると考えていた。

すると、3カ月ぐらい経って「すでにお金がなくなってしまいました。再度、まとまったお金を送金してください」との連絡がきた。6カ月分以上の資金だったはずなので「予算通り進めていれば足りなくなるはずは絶対にない」と問い詰めた。すると総経理はキョトンとしているではないか。調査してみると、すでに最初の2カ月で6カ月分の金を使い切ってしまったのだ。「これは背任だ」と思い首にしようとしたが、まわりの中国人経営陣に止められた。「彼は、職務を果たしたまで」「売れ行きが大きくなってきたから、在庫を増やしどんどん資金を使っただけのこと」「彼にとっては最良の判断だった」と。

「なぜ、報告や相談を私にしなかったのですか」と問い詰めると、「なぜ、報告をしなければならないのですか。私に委ねたはずです」と反論してきた。「会社には予算があって、会社のことを考えて行動しなければ」と言うと、通訳も中国人経営陣が全員キョトンとした顔になってしまったので、もうこれ以上は追及するのをやめた。

任せず、しっかりと管理をするのは私の仕事だったのだ。予算を守り、計画になかった出費については事前に報告をするべきというのは、日本人の論理でしかない。

場面3:「言い返す」

「もう少し待遇を良くしてください」と突然、社員代表の中国人従業員が私の所に直談判してきた。私は、「給与も先月上げたし、職場の改善、食堂の改善、トイレの改善、次々と良くしていっている」「もう十分に待遇を良くしているはずだ」と反論した。

すると、「食堂は、我々の必ずしも好みのものが出ません。それに値段が高い」。で私は、メニューを決めたのは彼らだったのでカチンときて「そんなに気に入らなければ、自社の食堂を使わなければいい」と言った。すると、彼らは「そんな食堂は意味がない。だいたい・・・」とこの言い合いが延々と続いた。どんどん論点がずれてきて、そもそも彼らは、どの点を改善して欲しかったのか、それすら聞けなかったのである。

後で、これが深刻な問題に発展する。そもそもは、競争相手の企業が給料を上げたが、その上げ幅に比べて当社の給与が10%ほど低かったのでせめて、数%でも上げて欲しいという要望だったのだ。日本と違って、中国人同士は、よく給与明細を見せ合う。他社の給与についてもほぼ知っていると考えてよい。だから、他社と比べて少しでも給与が低いと転職してしまう。特に営業マンの転職は激しい。

結局、どっと従業員が競争相手に流れてしまった。あの時私は、くだらない反論をするのではなく、しっかりと相手の言い分を聞くべきだった。それをしていれば防げた事態だった。

中国人との会話では、言い返したり、反論をしたりするのは得策ではない。永遠と反論が続き、論点がどんどんずれていってしまう。こうした場面は、商談、特に見積もり商談でも見られる。中国人は必ず見積もりに対して値切ってくる。そのときに日本側はしばしば「その値切りは不当なものだと」反論をする。これは賢いやり方ではない。頭から反駁するのではなく、いくらにすれば納得するのか、お互いいくらの利益が享受できるのか、反論ではなく、確認作業をするべきなのだ。話が難しくなった場合は、一度、席を外すのもいい。反論の連鎖を避けるべきだからだ。

最後にもう一つ。最悪の捨て台詞は「日本人だったら」の一言である。この言葉を発したら、あなたの中国でのビジネスは全て終わる。けれども、日本人経営者は中国でのビジネスで問題が起きるたびに「日本人だったら」と思っているのではないか。だから、とっさのときに最悪の言葉が出てしまう。

相手を変えようなどというのは不遜だろう。自分の気持ちや考え方を切り替える以外に、中国で「上手に」やっていく手段はない。★
(山田太郎)

中国ビジネス成功のカギ、80后の実態

いよいよ今月から東京大学や早稲田大学の後期授業が本格的に始まった。教え始めてもう12年目になるが、今年の学生はいわゆる「ゆとり世代」で受験戦争や競争社会を否定する世相から大切に育てられた学生達だ。日本では、消費に消極的な世代として知られる。

その世代は、中国でいえば80后(バーリンフォー)に相当する。私は中国清華大学や北京航空航天大学などでも教鞭をとっているが、そこの学生たちはまさに80后で、親から大切にされて育った世代として知られる。両国の学生は、ともに大切に育てられ、インターネットを自在にあやつる世代ということでは共通している。だが、ずいぶん違った意識ものぞかせる。そのことについて今回は検証してみたい。

私が中国の教壇に立つと教室はいつも騒がしい。教室の席は大教室の場合、日本のように後ろから埋まるのではなく、中国では前から埋まる。前に座る中国の学生はいつも前のめりで授業に参加する。彼らこそ80后と呼ばれる世代だ。

80后の后は、日本語の「後」の意味で、80后は1980年以降に生まれた世代を指す。現在の20歳~30歳ぐらいの若者だ。現在、この80后が中国全体でなんと2億人の人口になっている。トウ小平の改革解放がスタートしたのは78年だが、80后は改革開放経済の影響を大きく受けた世代といえる。中国では、70年代まで計画経済が続いていた。毛沢東主席が死去した1976年に文化大革命は終わり、1978年にトウ小平が中国の改革開放を決議する。わずか2~3年での大方針転換ということになるが、80后は文化大革命も計画経済の時代も体験としては知らず、ひたすら改革開放後の高度成長を謳歌した世代といえる。

ちなみに、中国では70年代に生まれた世代を70后(チーリンフォー)、90年代に生まれた世代を90后(ジューリンフォー)と呼ぶ。

私が担当する学生のように都市で生活する80后の特徴は、個性や個人の権利を大切にし、インターネットや携帯電話を使いこなす世代である。朝起きてから、夜寝るまでインターネットを片時も手放すことはないなどという人が大勢いる。テレビからではなくインターネットから情報を得ているので、海外の文化についてもよく知っている。

朝8時に起床すると携帯電話でまずニュースとメールをチェックする。中国も最近は、携帯電話からスマートフォンへの利用率が高まっている。学校に行くと百度(Baidu)を使って情報を検索する。中国ではGoogleが使えない。ランチ前には淘宝(Taobao)で通販情報をチェック。中国最大のオンライン通販サイトで日本だと楽天のような存在である。午後になれば、授業の合間を見つけて我愛打折(55BBS)をチェックして大学の近くの店のクーポンを探す。そして、授業に飽きるとずっとQQで友人とチャットをしているのだ。そして、今日のテレビをYOUKUでチェックして帰り支度をする。就職活動のために資格を取得するために、オンラインで資格講座を取っている学生もいる。ある調査によると、中国でのインターネット利用時間は、1日当たり3.2時間だという。とにかく、インターネットはつなぎっ放しの状態なのだ。この点は、日本のゆとり世代と共通しているかもしれない。

ただ80后がゆとり世代とでは、大きく違う点もある。それは、概して消費意識が旺盛ということだ。その背景には、経済力がある。知り合いの子息は北京大学を卒業して外資系金融機関で働き、初任給は5000ドル(約40万円)という。卒業5年後には給料が年に20万ドル(約1600万円)、ボーナスが50万ドル(約4000万円)ほど出て、年収は5600万円などという人もいるらしい。それは極端な例としても、上海あたりのホワイトカラーの平均的な80后は、月給で25万円~40万円。中国では富裕層に分類される。

80后は、「小皇帝」とも呼ばれる。甘やかされ、わがままに育った一人っ子ということだ。両親、祖母と一大家族の6人に愛され、お小遣いは6つのポケットから出てくる。まさに、中国の「新人類」である。親に、2DK~3LDKのマンション(価格は1500万円~3000万円)をポンと買ってもらう。それより高額のマンションを買ってくれる家族もいる。婚活も親任せという人も多い。

それだけ恵まれているせいか、結婚にはあまり積極的ではないようだ。上海の人民広場には婚活センターがあり、息子や娘のプロフィールを親が短冊のように書いて、条件が合いそうな相手がいるとその連絡先に親が連絡してお見合いを設定する。そのような努力にもかかわらず、結婚できない(しない)男性は2020年には2400万人に達するという。中国は2020年から人口減少、超高齢化社会に突入するという統計もある。

親の多くは1950年代生まれ。文化大革命(1966年~1976年)の10年間、「下方」などで苦しい思いをして生きてきた世代である。そのせいか、80后はしきりに「この時代に生まれて良かった」と言う。学生たちをみると、確かに恵まれていると思う。

けれども、80后は「甘やかされて育ったせいでひ弱」ということでもない。実際、中国籍を捨てる者も多い。中国籍を捨てて、カナダ籍、日本籍、オーストラリア籍などを取得するのだ。私の知り合いのなかにも、日本籍を取得した方が大勢いる。独立し、自立して海外でしっかり働く80后も多い。留学する人も多く、その多くが起業家としてベンチャー企業を成功させている。私が知る若い経営者は、皆この80后だ。

ボランテイア精神も旺盛で、2008年の四川大地震では80后が競って現地へ支援活動に入った。相手を助けたい、同じ中国人を助けたいという気持ちがどの世代よりも強いようだ。私の学生の半分がそうしたボランティア経験者でもある。

ただし、すべての80后が豊かさを謳歌しているわけではない。例えば、「蟻族」と呼ばれる人たちがいる。卒業しても就職できず、就職活動中の都市暮らしの部屋では、5~10人が共同生活をしている。蟻のようにひしめき合って生活していることから、彼らを「蟻族」と呼ぶ。この代表的な世代も80后。大学卒業後、さらに専門学校に通い、就職に有利な技術的な勉強をしている。親元に帰れば生活には困らないかもしれないが、親の期待を背負って大学を卒業させてもらったわけだから、やすやすと故郷に帰れない。せっかく取得した都市の戸籍を失わないためにも頑張って「蟻族」になっても都市で就職活動を続けているのだ。

「反日」については微妙な感覚を持っている。2000年代の江沢民国家主席の時代、「愛国教育」の一貫として中国では反日教育が行われていた。その影響で「反日」を唱える80后もいる。2004年の靖国公式参拝問題で中国の反日感情は高まった。その後、中国各地で反日運動が盛んになるが、80后はアニメや日本文化を好み、むしろ「親日」的だ。「政府とそこに暮らす市民は別」という考え方をするらしい。政府の情報はCCTV(中国国営放送)などのテレビ、その他の情報はインターネットで得るのが80后の情報の使い分けだ。

70后は、政治に影響を受け、自分の考えを持っている。80后は、現実主義による教育や社会の影響を受けているので政治から距離を置く。「理想を語る前にまずは金儲け」という感覚があるようだ。

こうした80后こそが、中国ビジネスを考えるうえで重要なキーを握っている。高所得で消費意識が旺盛なこの世代を顧客として取り込めないと、市場でなかなか成功はできないからだ。彼ら彼女らを理解することこそが、私たちの急務なのである。★
(山田太郎)