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ChiBiz Inside no.023

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中国人観光客の買い物戦線に異常あり

「最近、来日する中国人富裕層の方々がとんと買ってくれなくなったんです。もう、日本の商品に飽きてしまったのでしょうか。それとも、中国人の好みが変わってしまったのでしょうか」

東日本大地震と放射能問題で激減した日本への中国人観光客も徐々にその数は回復してきているようだ。大阪に着いてUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)を見学し、富士山を見て箱根に泊まり、東京にやって来て秋葉原で最後のお買いもの。そんな定番コースは今も健在だ。東京の主だったデパートや小売店は銀聯カードに対応しており、販売員は中国語での売り込みに余念がない。

しかし、以前のようにはどの店も売れないという。半年前、私は中国からのある日本訪問団を受け入れたのだが、このメンバーみなかなりの金持ちで、誰かが100万円の買い物をしたという話になったら、では自分は200万、それなら私は300万円と、金額はどんどん上昇していった。こんな逸話もある。彼らの仲間が成田空港で鞄を開けたら1000万円の束が2つも見つかった。税関職員に「100万円以上の国内持ち込みは違反、申告をしないと罰金だ」と指摘されたら、「帰れなくなるので10万円は残して欲しいけど、後は日本政府に寄付します」と言い放ったという。

もちろん、中国人がみなそうだというわけではない。中国では「貧富の差が拡大し、特に地方において暴動が頻発している」と言われている。温家宝首相もそのことに触れ、初めて「このままでいくと文化大革命のようなことが起こる」と発言した。「文革」という言葉は長い間、中国ではタブーとされてきたが、それを引き合いに出さなければならないほど貧富格差の問題は深刻なのである。

こうした貧富の差があるため中国では、極端に安いものか極端に高価なものを扱わないと商売が成り立たないというのがこれまでの定説であった。これをベースとして日本の商売人たちは、中国の富裕層にモノを売り込むために知恵を絞り、商品を仕込んできた。

ところがここにきて、風向きが変わってきたようだ。先月来日した訪問団の買い物の金額は、ケタが2ケタも違う。数万単位の買い物をして満足しているのだ。モノは買わず、しっかりと日本を観光し、勉強して帰っていった。えらい変わり様である。

このグループが特殊だというわけではないようだ。今年に入ってから「富裕層の動向が変わってきた」と中国人向けに商品を販売しているスタッフたちは口をそろえて証言する。中国式の「ここからここまで全部で100万円分ください」といった買い方をする人をとんと見なくなったというのだ。

中国経済は「バブル崩壊」の局面を迎え、経済状況がかなり変わってきたとの報道がある。そうであれば、それが買い物の金額に大きく影響を及ぼしていると考えられる。けれど中国での状況をみる限り、バブル崩壊といった深刻な局面を迎えているようには感じられない。中国の沿岸部の庶民の生活はむしろ日本より豊かに見える。車を持って週末は都心のホテルを利用し、若い男女は大いに着飾っている。彼らはいわゆる富裕層ではなく、中間層。こうした層の人達が豊かさを謳歌し始めている。

ちなみに、大卒のホワイトカラーの平均初任給は上海近辺では約5000元(6万円)である。しかし、上海の物価は高い。高いものは、ほぼ日本と変わらない価格で売られている。上海でもスターバックスがあちらこちらにできたが、日本の値段とほぼ変わらない。牛丼に至っては、日本の方が安いなどという状況だ。中国沿岸部では、そんな高いものが飛ぶように売れている。5000元の給料でどうしてこのような暮らしができるのか、かなり不思議である。

そのからくりは、どうも政府統計にあるようだ。日本人はマーケティングリサーチに公的機関の統計数字をよく利用する。しかし、中国人の収入は、統計数値とはあまり合致していない。実際には、統計の数値よりかなり可処分所得が多いのだ。

まず、副収入が多い。昼間の商売とは別に夜は別のバイトにいそしむ。夫婦は共稼ぎが当たり前だから、世帯収入は男性の稼ぎの倍と考えなくてはならない。さらに、得意先からのキックバック、政府関係者に親戚がいれば口利き料などの臨時収入があり、さらには親のスネもかじる。一人っ子政策によって、若い夫婦の二人共が一人っ子である場合が多い。こうした夫婦をそれぞれの両親、祖父母が経済的に支援しているわけだ。

これだけ収入がありながら、公共料金や基本の生活費はかなり安い。先に取り上げたようにスターバックスのような嗜好品は高いのだが、その他の交通費、光熱費は非常に安い。地下鉄は、初乗り3元(36円)、タクシーは12元(144円)、電気代は1カ月約400~500元(約6000円)、ガス代は40元(480円)、水道代は30元(360円)といったところだ。家賃は、2LDKマンションで1万元(12万円)、団地だと3000元(3.6万円)程度である。安く済ませば、昼飯は10元(120円)で十分食べることができる。

しかも中国では、ホワイトカラーは非常に昇給が早い。新卒から1年で主任、3~5年もたてば課長(マネジャー)、10年もしないうちに部長かそれ以上ということになる。30歳で課長以上になれば、月給は2万元(24万円)~3万元(36万円)になる。世帯でみれば、共稼ぎで収入はその倍。日本の世帯より収入が多かったりするのである。

出世が早い理由の一つは、文革で極端に40歳代後半から50歳代の働き手が少ないということだ。だから、中国企業の役員構成はどこもイビツで、役員は60歳以上、そうでなければ30歳代というケースが多い。こうした30歳代は80后と呼ばれ、米国など海外に留学していた海亀族(帰国組)が多い。

30歳代後半になってくると独立心旺盛な若者がどんどん独立して起業するという中国ならではの実態もある。40歳代で会社勤めというと逆に実力がないのでないのか、と疑われてしまう。どんなに小さな企業であっても「老板(ラオバン・経営者)」であれば尊敬される、という風潮があるためである。実際、老板として豊かな生活を目指す中国の若者が多い。こうした人たちが、豊かな中間層なのである。

震災後に来日する中国人の主役は、富裕層に代わりこの中間層の人たちになってきているようだ。中間層が豊かになったことに加え、富裕層の来日はすでに一巡してしまったということもあるだろう。

こうした中間層の人たちは、副収入や可処分所得が多いから豊かな生活をしている。けれど、日本で無駄遣いをしてまで面子を張ろうとは考えていない。自分たちのライフスタイルに合わせて買い物を楽しむ賢い消費者層なのだ。

豪華な高額商品を並べておけば買ってもらえる時代は終わったと考えるべきなのだろう。新たな消費の担い手である中間層の人たちを相手に日本人は何をすべきか、何を売るべきかを、過去の成功体験を捨て、一から考え直す時期にきているのかもしれない。★
(山田太郎)