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「ASEAN伸び盛りの小国」―カンボジアビジネスの光と影―

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Asia Biz Inside vol.7 参議院議員山田太郎のアジアビジネス・インサイドレポート
~沸騰するアジアビスの現場から~

2013年07月10日

ポルポト時代の虐殺と働き手の問題

カンボジアというとどうしても「ポルポト派」による虐殺、キリング・フィールドのイメージが付きまとう。最初にプノンペンの観光で最初に行くのが、トゥール・スレン虐殺博物館内の悪名高き「トゥール・スレン刑務所(S21)」だ。

1975年から1979年までのポルポト政権下で多くの人々が虐殺された(一説では100万人以上)。

このポルポト派の犯した虐殺で現代のカンボジアのビジネスにも大きな影を落としている。それは、40代から50代の働き手が少ないことだ。だから今、カンボジアでビジネスをしているのは30代の若手が非常に多い。また、「あるべき能力がない」という問題も指摘されている。インテリ層が虐殺で一掃されてしまったため、様々な職種でプロが少ないという指摘をされている。

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写真1 ここトゥール・スレン刑務所では、2万人以上の人が収容され生還できたのはたった7名。教師、インテリ、政治家、経営者、技術者、果ては眼鏡をかけた人という人を様々な嫌疑で逮捕、虐殺した

また、ASEANの各国に比べて識字率が80%と非常に低い。特に45歳以上の識字率はクメール・ルージュ時代に教育が禁止された影響から21.0%とかなり低い水準にあるのだ。

笑顔あふれるカンボジア人

そんな暗い過去を持つカンボジアも今は、活気で満ちている。特に、笑顔が素敵だ。カンボジア人は誰にでも笑顔で接する。

しかし、そんな笑顔の裏腹に、非常に強い我慢強さも持っている。どちらかというと本音は言わない。人前で余り自分の意見を言うのは得意ではないのだ。しかし、独立心が旺盛でたくさんの会社が生まれている。小さな商店が多いのもカンボジアの特徴だ。

一方、経験な仏教国でもあり先生や目上の人を非常に尊敬する傾向が強い。

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写真2 笑顔のクメール人、バイクは地元の便利な足

中国の強いビジネスの影響

プノンペンの街を歩いているとやたらと中国語の看板を目にする。中国系のデパート、食堂、金の交換販売所もみな中国系。あらゆる街の看板がクメール語(カンボジア語)と中国語で併記されていると言ってもいい。これらの多くは、中国人を祖先に持つ、中国系カンボジア人の経営する店なのだ。これらの人を「クメール・チャイニーズ」と呼ぶ。

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写真3 クメール語と中国語が併記されている看板。このような店がプノンペンには多い

このクメール・チャイニーズは、「クシ1本」から商売を始めたという人が多い。また、これらの店では、値札が元表示もされている。カンボジアでは、現地通貨「リアル」が使われているが、ほとんどの店で米ドルも使える。むしろ外国人は米ドルで支払いを求められるケースが多い。交換レートも米ドルのほうが有利になっている。

その一方で元も流通しているのだ。私のであったカンボジアの学生は、語学学校でももちろん一番人気は英語だが、「中国語は金になる」ので中国語の人気も高いという。カンボジアで稼ぐためには、中国との関係が強く、中国の強いビジネスの影響があるのだ。

まだ少ない日本企業の進出

最近、日本企業のカンボジアへの進出は活況だ。2013年時点で128社がカンボジアに進出しているという。中国の人材不足を背景に2010年の春節以降、特に中国からカンボジアへ移転してくる企業が急増したという。

また、カンボジアは、ASEANの他国に比べて進出規制が緩やかで優遇措置も多いのが特徴だ。インドネシアは労働規制や企業設置の規制が多い。ミヤンマーは小売業の進出は禁止されている。為替管理に関する規制も他国は厳しい。カンボジアは、「進出には何でもありの国」と言われている。

日本の製造業も最近増えてきた。プノンペン経済特区(PPSEZ)工業団地へは、ミネベア社、住友電装社、味の素社、ヤマハ社などが進出、操業を開始している。更にデンソー社、この7月から生産をスタートさせ現在開発されたエリアは満杯状態なほど人気がある。

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写真4 プノンペン経済特区(PPSEZ)工業団地の模型。多くの日本企業が進出してきている

しかし、活況なカンボジア進出の裏に問題点も多い。まず、電気代が高いことが挙げられる。人材の確保もカンボジア全土の村までいって人材集めをしている状況だ。人材サービスのインフラ産業が整っていないのだ。

さらに裾野産業はまだ広がっていないために現地調達をするには困難な産業が多い。簡単な鋳造、射出成型、金属加工などはあるが日本企業の品質に合格するような企業は少ない。ほぼ、進出した企業は、CMP(カット・メイク・プロダクション)モデルのメーカで人件費のかかる加工・組立工程のみを行っているという状況だ。もちろん、今後の日本からの金属加工企業の進出も予定されているので期待はできる。

日本は、カンボジアに多額のODA(政府開発援助)をしてきたが、その一つがカンボジア最大の積出港のシアヌークビルの港と工業団地の開発だ。しかし、このシアヌークビル港経済特別区工業団地の進出は、日系企業ではまだ王子製紙社1社のみ。この港は、深海港でない(水深8M程度)ので大型船がつけないという問題点もある。

さらに航路がシンガポール、マレーシアへ週2便。日本までシンガポール経由で15日程度かかるのだ。電気代もプノンペン経済特区(PPSEZ)工業団地に比べてはるかに高い。

一方、ベトナム国境に近いタイセン工業団地は活況だ。ベトナム・ホーチミン港への輸送が便利であり、電気は、ベトナム側からの電気を割安で使うことができる。この工業団地はすでに満杯状態だという。

カンボジアビジネスに潜む光と影。しかし、日本企業もしたたかにASEAN進出の一つの目玉としてカンボジア進出を進めているのだ。