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基本理念と原点に立ち戻って~みんなの党の解党にあたり、守るべきこと~(20141128)

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基本理念と原点に立ち戻って~みんなの党の解党にあたり、守るべきこと~

まず、みんなの党所属の国会議員として11月19日に党の両議院総会で決定した通り、みんなの党の解党になることについて、最初に皆様にお詫びしなくてはなりません。

「これまでみんなの党に期待を寄せていただいたすべての方々にお詫びを申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」。

そして、みんなの党の解党に当たり、私の基本理念と立ち戻るところ、解党に至る経緯や決議についての事実を記録とするためにも、そして私の今後について、それぞれを以下に述べさせていただきたいと思います。(長文になりますが、お許しください)

私は、2012年12月に比例復活で参議院議員に就任し、政治家としては生まれも育ちも「みんなの党」でした。

みんなの党の政策は、起業をして経営をしてきた私にとってはとてもスイートなものでした。みんなの党のプリンシプルの精神にもなっていますが、自主自立の精神は、これまで私がベンチャー企業を経営してきた基本の精神です。

国家、国民が自立して、国の政治、経済にあたること、官僚主導の政治から、小さな政府を目指すことは、補助金や公共投資で肥大化してしまったこれまでの政策に対する、多分、政党として初めてのテーゼだったと思います。

経営は、順調な時も困難な時もありました。多くの良き社員やクライアントに恵まれ会社は大きくなってきました。途中、国の政策変更で減損会計見直しがあり、その影響で会社は債務超過に陥りました。しかし、支援者も現れ会社は再生することができました。

15年程前に一人で起業して以来、会社は、国からあらゆる補助金や援助ももらわず、私が一人で借金をし、すべての責任を負って維持、運営してきました。

私が参議院議員となって国政に入り、最初に驚いたことは、多くの国会議員に「国は国民や企業に対して施すものだ」という発想が根強いことです。国のお金を使ってあらゆる補助金を配布する。国会で目にしたのは、議員が国会での質疑を通じて大臣や政府に何かと理由をつけて「施し」を迫っていく姿でした。

「施し」のお金の源泉は税金です。その税金は、元々国民のお金です。
多くの施しのために多額の税金が投入され、税金が足りない分は国債を発行することで賄っていくのです。

「施し」をもたらした議員は、きっと地元ではヒーローになれます。驚いたことに多くの地域では、この施しで数々の企業運営が成り立っているのです。まさに「バラマキ」です。この「バラマキ」は選挙の時にお世話になった団体へのお礼の意味もあるのです。

「施し」つまり、財政投資や公共投資は、経済再生のカンフル剤としては一時的にはいいのかも知れません。しかし、この注射を打ちすぎると経済も企業も依存症になってしまいます。まさに、経済の麻薬です。

国のお金が無尽蔵にあるならいいかも知れません。しかし、この麻薬の原資は国債という国の借金です。そして、この借金を返済していくのは次の世代なのです。

「施し」を受けていい思いをした我々の世代が国の借金で破綻してしまうのなら、それは「自業自得」かもしれません。しかし、この多額に積み上げられた借金は確実に次の世代へのつけとなるのです。話は逸れますが、原発などの核のゴミも次の世代への処理のつけではないでしょうか?

高度成長期に比較貯蓄することが容易であった世代が「富める世代」であることと比較して、今の若者は、成熟期にあって貯蓄することが難しい「貧しい世代」と言えるかもしれません。

私は、経営者であった一方、教育者として複数の大学で14年間、若者を教える立場にもいました。その現場から彼ら若い世代と接してきて言えることは、現代は、経済が縮小しているなかで選択肢の幅が狭まっている一方、多様化する社会の中で複雑でもあるということです。単純に成長している経済ではなく、複雑に縮小している経済の中では、若い世代は、質的貧困になっていると言えます。世代間格差です。

若者達が更に、追い打ちをかけられているのが「将来不安」です。

「先生、日本は将来、国債が破綻して借金地獄となって大変なことになるのではないですか?」
「将来、僕たち、私たちが老人になった時は、年金なんか受け取れないのではないですか?」

国が破綻するかの科学的根拠は別としても、若者のこういった問は、国への信頼が、若者にはない証しです。それは、当然です。国の「施し」は、「貧しい若者」から「富める世代」に絶え間なく行っているからです。

国の政策をよく比較し点検してみると若者への政策は極端に少ないのが分かります。「高速道路無料化」「子育て支援」など、聞こえはいいですが、今の若者の多くは、自家用車を持たず、結婚せず子供もいません。そして、国の予算の半分は医療・介護・福祉に使われているのが現状です。

「施し」の思想は経済的な側面に留まりません。若者の社会秩序へも広がりを見せています。

大人達は、子ども達の複雑化した価値観にも昔ながらの社会秩序を求めようとしています。漫画やアニメに対して自由に表現しているものを「性的な描写の乱れ」を理由に取り締まろうとする行為です。これまで大らかにその世代に任されてきた文化的秩序を法律で一網打尽に取り締まろうとしています。自分たちの価値観が正しいという考え方です。世代間で話し合ったり注意したりすれば済むことを、法律によって一方的に警察権まで行使しようとしています。多分、分からない、理解できない若者達が怖いのだと思います。

現代の若者達の価値観は、自分の時代とは違うという認識をすべきです。そして、複雑な現代社会を反映した非常にセンシティブな表現が漫画やアニメの世界にはあるのだということを理解するべきです。自分たちの古い価値観を次の世代に押し付けるべきでありません。それは、世代間闘争につながります。理解できないなら、「施し」としてお節介な規制をするのではなく、大らかな気持ちで見守っておく、もっと言えば放っておくべきです。

「将来不安」と「世代間格差」の解消は、「施し」をやめ、今の世代が自立、自活していくことが基本原則だと考えています。経営も国の補助金だけで生き延びているとしたら、それはゾンビ企業ということになります。それでは、国も経済も強くなりません。

国や政府の介入は極力控え、民間が主役で社会、経済を動かしていく。政治は、非常事態にのみ活躍するという原則を打ち出すことが必要だと思っています。これは、私の政治の原点、いや経営をしているときからの原則でもありました。そして、表現の自由は、当たり前の自由社会の根本にある思想として守らなくてはなりません

小さな政府と民間主導、経済と生活の「自主・自立」、「将来不安」と「世代間格差」の解消、当たり前の自由社会の保障は、みんなの党のプリンシプル~9つの基本政策~にしっかりとまとめられています。私が発案し、3か月間掛けて所属の全議員の合意でまとめあげたものです。

ここにもう一度、みんなの党のプリンシプルを挙げておきたいと思います。

みんなの党 9つの基本政策~プリンシプル~

 この国が再び成長と活力を取り戻して豊かな未来を切り拓いていくために、当たり前の自由社会と一人前の国家を実現する改革を、しがらみのない我が党が提案し実現する

1.国は、国民の生命・自由・財産と国の独立を守るという本来業務に集中し、小さくて効率的な政府をめざす。その他の業務は地方や民間に移管する
2.行政改革や公務員制度改革をおこない、官僚主導から政治主導の統治機構を実現する
3.自立した地方が権限と責任をもつ地域主権型道州制へ移行する
4.国際協調を旨とし、日米同盟を基軸とした戦略的な外交と防衛をおこなう
5.自由貿易協定などを通じて国を開き、金融政策や税制改革で民間投資を拡大させる。増税の前に、国の資産圧縮・歳出削減および経済成長により財政の再建をめざす
6.電力・農業・医療分野などにおける既得権益・岩盤規制を打破し、官僚主導から民間主導で産業を活性化させる
7.多様な働き方を認め、能力・実績に見合った待遇が保障さる雇用制度を整備する。望む人すべてにチャンスがある社会にする
8.将来不安や世代間格差がなく、公正かつシンプルで持続可能な社会保障制度を確立する
9.子供に生きる力をつけ、社会のニーズにあった、国際競争力のある人材を育てるため、画一的な教育制度の改革をおこなう

これまであったみんなの党の直近のアジェンダ(参議院選2013向け)は、375項目にも膨れ上がり複雑になってしまいました。アジェンダの背景にあるみんなの党の政策の基本原則は暗黙の了解となっていましが、党には、党綱領もその基本原則もない状態が続いていました。地域、地方、全国にまでこの政策を普及させるためには、基本原則をまとめるという事になり2014年の党大会に向けてプリンシプルを作りました。

更に政策をまとめた「みんぽー:みんなのポータル」(地方議員を含むみんなの党所属議員すべてが共有する情報提供システム)のシステムを発案し、党の副政策調査会長として地方部門を作りその責任者となり、あらゆる機会を見つけて地方でのアジェンダ説明会を行い、全国の現場へのアジェンダやプリンシプルの普及に努めてきました。

党綱領は当時、渡辺喜美代表が原案を作成し私も若干修正加筆させてもらいました。
党のプリンシプルは、オリジナルは全て私が作成し、全議員に足したり引いたりされながらまとめあげられ党大会で承認を得たものです。

みんなの党は、これまで党内で様々な混乱はありましたが、アジェンダにある基本政策でぶつかったり、混乱したりしたことはありませんでした。みんなの党所属の議員は、このアジェンダやプリンシプルに従ってしっかり国会での質疑に臨んでいました。

党を離れた議員も概ね、みんなの党の政策にクレームをつける議員が少なかった、いやいなかった?ことは奇跡と言えるかもしれません。それだけ政策の完成度は高かったと言えるでしょう。まさに憲政史上、伝説の政策であったのかもしれません。

今日でみんなの党はなくなります。しかし、私は議員である限り、私自身、このみんなの党で作った政策やその思想を変えることはありません。

私は、みんなの党でアジェンダを取りまとめ、全政策に責任を持って裏を取り分析を行い、375項目のすべての条文を一文字、一文字書いてきた自負があります。更に、みんなの党の基本政策であるプリンシプルの原文を作ってきた責任もあります。みんなの党の政策は、私の政策そのものでした。みんなの党の政策が実現されたとき、日本はきっと良くなるという、私には強い信念がありました。

ですから私は、これまで、どんな事があってもみんなの党を途中で捨てて離党することはしませんでした。途中、特定秘密保護法を巡る党内分裂の際も党に留まり、前代表と現代表の対立にあっても私自ら臨時の両議院総会長を買って出て党内融和に最後まで努力したつもりです。

政策の党としてみんなの党は、この日本に最後まで存在し続けるべきだとずっと考えてきました。しかし、みんなの党は、政策とは全く違う所で対立を続け合いました。路線問題です。

この選挙を前に一気に路線問題が表面化してしまいました。党内は路線をめぐりいくつかの考え方に分裂し、政策が同じでも一緒にはできないという所まで来てしまいました。末期には、党内の毎回の会議は、まともな政策の議論さえできない状態で、お互いが声を上げて罵りあうばかりです。マスコミを通じて党内議員の事を言い争う有様にもなってしまいました。国民からの党の信頼や支持は落ちるばかりです。そんな中、一度解党をしてそれぞれの道を進もうという結論になりました。

党の解党決議案の文面も私が原案を作成しました。アジェンダやプリンシプルの時もそうでしたが、党の文書をまとめあげるのは私の役目かと覚悟して作成しました。

解党日の11月28日は、次の衆議院選挙前に議員が自由に政治的な道を決められるようにと、選挙公示前の日程にしました。党解党の届け出日の最初の日程は、当初解党日と同じ11月28日で私は作りましたが、様々な意見がでて公示日と同じ日に変更になりました。私はこの日程設定には異論がありました。そして、これら決議を松沢成文議員が両議院総会で代表して提出し、内容については私がサポートするという段取りとなりました。

また、解党にあたっては政党交付金を原資とする10億円を超える多額の党のお金をどうやって公正に国庫に返納するべきかという議論もありました。党執行部ではなく「解散委員会」という議員4名の合議制の委員会を作って、そこで解党の事務処理を決定していくということで決議文に載せました。そして、私自身、この委員会の発案の責任もとりその委員になりました。

11月19日に開催された両議院総会では、罵声と怒号が飛び交う中、議事が混乱しこれら決議案の詳細を説明することなく打ち切られ原案のまま決議されました。私は、原案の中身について松沢議員の説明に続き、詳細を説明する準備もしてきました。時間を掛けてでもこの厳しい会議に臨む覚悟でいました。しかし、一度も発言することはありませんでした。

政治家として、私が生まれ育ったこのみんなの党の解散にあたっては最後までこの党を看取るべく、解党の処理をしていきます。それが私のみんなの党に対する最後のご奉公です。

みんなの党解散の後、「山田さんはどうするのですか?」「どの党に行くのですか?」と聞かれます。政治家としては、有権者に対しても自らの政治態度を常に明らかにしていくことは大切なことです。

しかし、私は、まず、みずからが育ててきたみんなの党の解党の事後処理をしっかりやっていきます。やれ新党だ、みんなの党を引き継ぐ政策集団だ、誰がみんなの党の正統派だという議員もいます。しかし、私には、これまで我々が創り育ててきた「みんなの党」の後始末までも投げ打って次のことはできません。党の処理をしっかり処理していくことが解党にあたり、最初で最後にやる最も大切の事だと考えています。

ですから、みんなの党の処理にめどが立つまでは、「無所属」としてやっていきます。その後の政治的進路については現在、未定です。しかし、今後も、みんなの党で作ってきた政策や精神についていささかも変えるつもりはありません。

2014年11月28日
山田さん署名2(透過)