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オンラインサロン34号 「赤松健さんに訊く海賊版対策」


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2018年6月11日  第34号

赤松健さんに訊く海賊版対策

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目黒の5歳の子が虐待死という、またいたたましい事件が起きました。現役議員の時代から子どもの虐待の問題について粘り強く取り組んできました。まず、結愛ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

子どもの虐待死は、公的な調査では年間50件前後(無理心中を含むと100件)と報告されています。しかし、別の調査では、年間350名以上の子どもが亡くなっているという報告もあります。2016年、児童相談所に虐待関係の対応数は、年間12万件を超えています。

死亡者数の多寡が問題なわけではありませんが、こんなに沢山もの子ども達が虐待され亡くなっているにも関わらず、政府や行政の対応は鈍いのではないかというのが今回の事件を通じての、多くの人の実感だと思います。

マスコミや世論には、児相や警察が悪い、虐待をする親を厳重に罰せよという声があります。しかし、大切なのは罰する前に虐待されている子どもの保護です。その子どもの保護とその後の養護のことを考えなければなりません。

子どもの養護のために、児童相談所や施設の人員・予算を増やせと言っています。もちろんその様な部分も大切ではあります。しかし、保護された子どもがその後どうなるのか考えていかなくてはなりません。児童養護の“出口”です。この出口がどんどん親権を停止、又は喪失させ施設で面倒を見ればいいというのでは、子どもにとって暴力的です。できれば、親が更生し新しい家族統合ができることが最もいいのです。ドイツやオランダでは、加害者である親と子どもが複数家族集まって生活する更生施設があります。私は、現職議員の時代にドイツ、オランダと視察してきましたが、公立幼稚園の横にこれらの施設が多数ありました。

それでも親から切り離した方がいい場合は、里親や養子縁組として新しい親による家族的養護環境を子どもに提供しながら育てていくというパターンです。

私はこれまで日本の養護施設や様々な児童相談所、里親のお宅の視察に行き、色々な現場と議論を重ねてきました。そして分かってきたことは、児童養護問題は、全体としてシステムがなりたっていないと解決しないということです。特に、児童養護システムの出口として、里親や養子縁組(特別養子縁組を含む)の仕組みが充実していないと、まず、入口である児童相談所は、その判断として子どもをどんどん保護することなどできなくなります。

更に、虐待をする親の更生や家族再統合に向けてもソーシャルワーカー(日本では児童福祉士)が長く粘り強く面倒をみていく仕組みができなければ、子どもは親、児童相談所、養護施設、里親又は養子先の間を彷徨うことになってしまいます。養護施設にさえ入れておけばいいという考えは、児童養護問題の解決方法ではないはずです。施設は最終手段であり、できるだけ家庭(的)養護を子どもには施すべきだという観点に立たなくてはなりません。

一方、先日起きた新幹線内の斧殺傷事件では、テレビのコメンテーターが「犯人は施設出身の若者で……施設の教育にも……」とまるで施設出身の子の多くに問題があるかのようなコメントをしていました(もちろん、乳児院の施設出身者の何人かに愛着障害などが現れることが報告されているのは事実です。私はその問題から、世界の流れからみても乳児院は廃止して、全面的な家庭的養護に切り替えらえないかと思っています)。

犯人には、私も強い憎悪を覚えます。しかし、施設出身ということで差別されるのか、とも思います。施設出身でない人だって犯罪は起こします。

こういった事件のあるたびに「児童養護の出口としてどんどん親権を停止し、養護施設に入れるべきだ」「施設出身の子は……」という意見が出てきては、時間が経つと問題自体を忘れ去られてしまう、この繰り返しでした。

児童養護の問題は、粘り強くやるしかありません。その粘り強さを見せるためにも、国や行政は、子ども庁を設置して、継続して取り組むという意思を見せるべきだと考えています。厚労省、文科省、警察庁、総務省(地方自治関係)、法務省(親権停止などの法律)が縦割りでは、この問題は解決しません。連携が悪いとかいいとかの問題だけではありません。新しい児童養護の在り方を考えるには、垣根があっては無理なのです。

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