「報道の自由」は尊重されるべきでは?メディアに対する自民党の姿勢から法律の重要性を考える【第34回山田太郎ボイス】


■政党与党はマスコミに対してどうあるべきか!?自民党のメディアへの対応に疑義あり

2015年4月17日、自民党は「事実と違うことを放送された」として、NHKとテレビ朝日の幹部に対し、事情聴取を実施しました。特に、テレ朝のコメンテーターが菅義偉官房長官を名指ししたことを問題とし、放送倫理・番組向上機構に申し立てを行う見込みとのことです。

この自民党の行為に対し、私は、疑問を持っています。「なぜ、そんなにこだわっているのか」「何を報道されたとしても、放っておけばいいのではないか」と感じているのです。国民に対して間違ったことをしているわけでもなく、また、きちんと説得できると思うのであれば、一強多弱となった政権与党としてもっと堂々としているべきではないでしょうか。

これ以上の監視行為は、「言論の自由まで傘下にしたいのでは!?」と捉えられてしまっても仕方がありません。衆議院で3分の2もの議席を獲得したわけですから、その余裕を見せて欲しいと思います。

■守られるべき報道の自由とは

また、今回の事情聴取について、「マスコミに対し、圧力をかけているのではないか」「報道の自由を侵す危険性を含んでいるのではないか?」という問題が指摘されています。実は、放送法の第3条においては、次のように定義されています。

放送法 第三条(放送番組編集の自由)
「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、また規律されることはない」

このように、報道の自由が法律で定義されているので、放送権についてはある程度作成者側にゆだねていく、という姿勢が必要なのではないでしょうか。

実際の放送を見て、世論が「こんな放送はよくない」と思えば見ないでしょうし、意見も言うでしょう。この問題に対しては、世論が正していくべきではないか、と考えています。

■危険な法律をつくらないためには

上記のような「報道の自由」をはじめとし、「青少年健全育成」と「通信の秘密」との関係などの件について、現在、さまざまな問題が起きています。法律が侵されつつあるという問題の他にも、今後、新たにおかしな内容が立法化され行政がそれを実行していく、というさらに危険な事態も予想されます。

法律には個人的法益と社会的法益という2通りのものがあります。個人的法益の場合、個人のいろいろな権利を守るためのものなので問題はないのですが、社会的法益のように世の中の秩序をつくる法律に関しては、それにより制約を受ける人がいるため注意が必要です。感情的に提案された法律案が次々に提出されている現状においては、危ない法律がたくさん誕生してしまう危険性があることを認識するべきでしょう。

「社会秩序をつくる」というと聞こえはよいのですが、その裏側には「誰かの利益が誰かの不利益につながっている」という実態が隠されていることが、往々にしてあります。制約される人が出てくるということを常に頭におき、きちんとバランスを保ちつつ議論されるべきである、と考えています。