ChiBiz Inside no.005


驚異の投機集団「温州炒房団」

7月23日、中国新幹線事故が「温州市」郊外で発生した。実は、私は、3カ月前、同じ路線、温州から上海虹僑行きの中国新幹線に乗っていたのだ。事故の被害に遭った人への輸血が足りず献血の呼びかけがあり、それぞれの病院に多くの市民が駆けつけたことが世界的な話題となり、それでも温州は有名になった。日本人には「温州みかん」くらいしか馴染みがなかったが(ちなみに「温州みかん」は温州にはない)、ビジネスでは独特の風土を持った街でもある。今回は、私がビジネスで何度も足を運んだ不思議の街、温州について語ってみたい。

中国のビジネス界では「温州炒房団」という言葉がある。文字だけをみると、町中にありそうな中華料理屋の名前のようだが、残念ながらここではおいしい料理は期待できない。読んで字のごとく、「炒」とは「炒飯(チャーハン)」のように炒めるという意味で、「房」は「住宅」、「建物」を意味している。住宅、建物を炒飯のように炒める集団、これをあえて日本語に訳すのであれば、「温州の不動産投機集団」とでも言おうか。同じ業界からは「泣く子も黙る」と形容されるほどだ。

温州炒房団は不動産価格が急落した2007年下半期から一時期影を潜めていたが、2009年に突如として復活した。上海、重慶、杭州、深センなどに、ほぼ同時期に現れたという。「温州炒房団」について、ぞれぞれの地元の新聞誌では「狼がきた」という小見出しをつけるほどで、その集団の不動産の買いっぷりはすごい。普段着姿の、何を言っているのかよく分からない方言(温州語)をしゃべる集団が突然やって来て片っ端から嵐のように高級物件を買いあさっていく。そのため温州炒房団が訪れた週の前後で、不動産価格が20%~30%も高騰するケースもざらにある。

2010年には、春節を利用した「ドバイ不動産購入ツアー」なるものによって、その名を再び世界中に轟かせた。しかも、この温州語は独特の方言で他の中国人には全く分からないらしい。中国とベトナムとの戦争(中越戦争)で軍事暗号としてこの温州語が使われたともいう。さらに、温州の変わった習慣がある。食事の際は最初に主食を食べるというのだ。チャウメン(焼きそば)やご飯は、料理の最初に出てくる。たくさんの酒を飲むために胃を壊さないよう先に腹を満たしておくということなのだとか。何もかもが変わっている。

その炒房団を組織する「温州人」とはどんな人種なのか。古くから温州人は商売がうまい、と言われている。そんな温州人をいつしか人々は「中国のユダヤ人」と呼ぶようになった。彼らは、物心ついたころから、「人に使われるのではなく、人を使って商売をしろ」と言われて育てられる。子供の頃から「老板(経営者)になれ」と教えられている。また、温州は富裕層の多い市として知られている。温州市の人口は800万人ほどであるが、そのうちなんと100万人が日本円で1億円以上の資産を保有している。投資も友人達を誘って十数億円の規模であればその場で決めてしまう。とにかくビジネスの意思決定は早い。

温州の土地、建物は高い。アパートは1平米当たり8万元、購入は200平米からだというので、アパートを購入するには最低1600万元(約2億円)が必要となる。それにも関わらず、ほとんどの物件が完売で、今では新たに買うのが困難な状態だ。そして温州人は中国全土に不動産を買いあさりに出かける。

ちなみに、不動産投資がうまい温州の投資家の何人かに聞いてみた。「中国の不動産バブルは来るのか」と。他の中国人であれば「まだまだ、内陸の発展があるから中国不動産バブルは来ない」と答えが返ってくる。しかし、多くの温州の投資家は、不動産への買い控えを行っているとのこと。不動産バブルを警戒しているようだ。

そんなリッチマンの住む温州市はさぞかし、街がきれいなのかと思いきや、意外なことに中国の他の大きな都市と比べると社会インフラが大きく遅れている場所でもある。街を走る高速道路も路面がデコボコでスピードを出しすぎると車が時たま大きくバウンドする。

大きな産業もない。あるのはライターや眼鏡のフレーム加工、なめし革の生産などの、いわゆる軽工業である。海と山に閉ざされていて鉄道が敷かれるわずか十数年前まで交通手段がなく上海まで行くのに小船で20時間以上掛けて出かける必要があったという。今は、新幹線で上海までわずか4時間の距離だが。

中央政府もあまり温州の発展にサポートしてこなかったようだ。だからこそ温州人は、華僑となって独自に経済を発展させた。世界中で「温州商会」なる強力な組織を展開しているのだ。市にある温州永強空港は、国家の力を頼らず温州人同士が資金を出し合って建設したのだという。

昔の中国の古き趣のある町中を、ポルシェ、BMW、ベンツなどの高級車が数多く走っている。例えるなら、年季の入った街角の中華レストランでフランス料理のフルコースが出てくる、といった感覚だ。どこかアンバランスで、少し異様な光景だが、これもまた中国の一つの顔なのである。★
(山田太郎)