2013年3月13日 参議院共生社会・地域活性化に関する調査会での質疑の様子


参考人をお招きして、質疑を行いました。

議事録

○会長(直嶋正行君)

 山田太郎君。

○山田太郎君

 みんなの党、山田太郎でございます。
本当に今日は、三人の参考人の方々、ありがとうございました。まず、津田さんに是非お伺いしたいと思います。
子供の力を信じるということを聞きまして、私どもも実は昔は子供だったのになと。何か国会議員なんかになっちゃうと、どうしてこんなにもめ事も多いのかなと思って、反省もしつつ聞いてはいましたけれども。
 
実は我々、本当に被災地に行きまして、これは超党派で、この共生のグループで行ったんですけれども、非常に重たいテーマを超党派で感じました。その中でも、特に原発周辺の被災地に行きまして、そこの復興をどういうふうに考えるかというのはかなり重たい問題だなと。特に、多分、被災地には津波型の被災地と原発型の被災地、余り厳格に分けてはいけないのかもしれませんけれども、これは全然復興の方法の性格が違うと。
 
そんな中で、今回は福島周辺、楢葉町等を含めて広野町とか回ってきたわけですけれども、そんな中で原発地域は、多分、お母さんたちが、子供がかわいいからこそもう戻れないと、こういう話をしています。今一生懸命、国の方では除染ということをやっているんですが、現実的には、現場の声を聞きますと、まず工場の工場主さんなんかは、いわきの方に避難してきたと、これはもう多分戻らないだろうと、こんなことを言っていましたが、もしかしたら、子供さん、そのお母さんは、あの地域になかなか戻れないんじゃないか。そんな中で、私は、実は子供にひとつこれを聞く、故郷をどういうふうに思っているのかということを聞くことが非常に重要なんではないかなと思いました。
 
そんな中で、もし津田さんが活動の中で原発の被災地に関して子供さんからいろいろ聞かれたりとか、そんなワークショップをやられたりとか、実際はどう思っているのか、それは非常にお母様方にも影響を受けると思いますし、それ自身があの町とあの地域を再生させるきっかけ、もしかしたら違う道を選ばなければいけない、非常に重要な声になるかもしれないと思いましたので、その辺ちょっと、是非お伺いできたらと思います。

○参考人(津田知子君)

 今日御紹介したのは、宮城と岩手の事例です。私たち福島県でも活動をしているんですが、まちづくりと言ったときに、福島で果たして子供たちはどこを町と言えるのだろうかというようなすごくセンシティブな課題があると思うので、今この事業をすぐには展開はしていないんですが、子供たちの意見は聞いています。
 
昨年、福島の子供たちへの聞き取り調査というのをしたときに、やはり、今回、福島の子たちは原発事故という複合災害というようなところをすごく感じていると思うんですが、そのことについてなかなか意見を言える場がないというのが現状かと思います。例えば、保護者の方も、あなたのおうちは外に洗濯物を干しているのかそうではないのかというので、放射能に対するそれぞれの意識というのを空気を読んでいくようなところは、やっぱり子供たちにもすごく影響しているなというふうに思っています。だから、子供たちが、そういった自分たちの不安だったりだとか、これから福島をどうしていきたいのかというのを話すような機会がないというようなことを言っていました。
 
つい最近、国連事務総長特別代表の防災担当の方が二月に福島を訪問されたときに、福島の子供たちとの意見交換の場を持ちました。そのときにある子供が言ったのは、今から元の福島に戻ることはできないと思うけれども、自分がやりたいことは、できることはやっていきたいというようなことを言っていました。そういうような場を逆に求めているのだなというところを感じたので、これから、そういった、子供たちが意見を言えるような場をつくっていきたいなというふうに思っております。

○山田太郎君

 津田さんにはその辺是非活躍していただきたいし、我々国会議員も応援していきたいと思っていますので、本当に福島のこの問題は大きいと思っていますので、よろしくお願いします。
それから、次に、あっ、何か。じゃ、せっかく、はい。

○会長(直嶋正行君)

 津田参考人。

○参考人(津田知子君)

 済みません。ちょうど、その第四回グローバル・プラットフォームが五月の十九日から二十三日にジュネーブで行われますが、そこで二〇一五年に決まるポスト兵庫行動枠組に関する大体のところが決まっていくというふうに言われています。それに向けて今月の末に福島、宮城、岩手の子供たちとワークショップをし、その中から子供たち自身が代表を選んでジュネーブに行って、複合災害というものを経験した東北の子供として意見を言うということを考えていますので、是非その状況もまたお伝えできたらと思います。

○山田太郎君

 ありがとうございます。次に、山崎さんにお伺いしたいと思うんですが、もう一つ、私、牡鹿半島を随分丁寧に回りまして、女川、石巻、それから鮎浜の方まで、地元の若手とか老人含めて回ってきました。そんな中で面白い現象が起こっていますのは、ボランティアの人たちが、ボランティアで入ったつもりだったんだけれども、町に居着いちゃったという形で、新しいコミュニティーができているというのを見まして、これは非常にいい傾向というか、単にもうボランティアで、かわいそうな場所だということよりも、行ってみて非常に第二の故郷のように感じて、都会よりもこういうところの方がある種住みやすいというか、自分の新しいものを見付けたんでしょうね。そういう方々が多いというのを見て、大変、何か次の光を見たんですが。
 
一方で、やっぱりよそ者扱いというんですかね、そういった話も非常にあると。要は、何でそんな外の若い何かちゃらちゃらした東京の人間が来て、私たちの町を何か新しい、あれやれこれやれということを言うんだと。こんなこともすごく声として大変だと。もう一つ、高齢者はやっぱりなかなか感度が悪いというか、そういったところになかなか巻き込みにくいと。
 
そこで、そういう状況をちょっと踏まえた上でお伺いしたいのは、先ほど山崎さんの中では、どちらかというと若い人だったり感度がいい人たちを巻き込みながらコミュニティーの再生を図っていくということをおっしゃられていたんですけれども、そもそもその感度が悪い人たちに対する巻き込み方というのか、変え方というんですかね、そんなところが、もしヒントをいただければ、今私がちょっと悩んでいますようなこと、少し参考になるのかなと思って、お伺いしたいと思っています。

○参考人(山崎亮君)

 先ほど、行政と住民の間に入る専門家がすごい大事だとお話ししましたが、地元住民と外から入ってくる住民の間にもやはり同じ機能が必要になるんですね。我々が入っているところは、やはり行政の人と住民の間でコミュニティーデザインをうまくやりながら三年でいなくなると言いますけれども、地元住民でなかなかよそ者を入れたくないというふうに思っているところに、でも、よそ者、若者、ばか者の力がないとやっぱりここがうまくいかないねというふうに思うところについては、その間に我々は入って二つのことをします。
 
まず一つは、受け入れる準備をしてもらうということですね。地域の方々に、なぜ外の若者を受け入れねばならぬのかという現状の認識と、それから、これからどういう世の中になっていくのかということを知ってもらった上で、外から入ってきた人たちは、ああ、こんな役割を担えると思いますよということをまず理解してもらってからお見合いしないといけないなと思うことです。
 
もう一つは、外から入ってくる人に集落に入る作法を学んでもらうということですね。これ、やっぱりかなり違いますので、東京や大阪の論理と大分違う動きで集落は動いていますので、本当に瑣末なことから、笑い話みたいなことから全部教えますね。ハイヒールで歩いちゃ駄目よとか、こつこつうるさいと言われるとか、不用意にノートパソコンを広げるなと、気取りやがってと言われますからね。そういう、もう基本的なところですね。
 
そういうのも含めて、集落の論理ってどうなっているのか、結や講や寄り合いの意味は何なのか、これを分かった上で入らないと、さっき言いました専門家が介在せずに入ると火種になったりしちゃう場合が多いので、まさに委員がおっしゃるとおり、あんなやつが東京から来て何しに来たんだという話が必ず出てきます。だから、前より悪い状況にならないように、そこの間に入る専門家というのは数年間はやっぱり要るのかなという気持ちはしていますね。

○山田太郎君

 最後に、吉田さんにお伺いしたいと思います。実は私は乗り鉄でして、東北地方は全部乗り潰した経験もあったりして、当然、ひたちなか海浜鉄道も乗らせていただいたことがあるので大変楽しみにしていたんですけれども。
 
一点、ちょっと厳しい聞き方をするかもしれませんが、今回の第三セクターの鉄道事業ですね、とはいうものの営利団体である。一方で、なかなか営利というだけでは、先ほど、国のお金なんかも入れなきゃもたなかったという話なんですけれども、そもそも第三セクターの鉄道の在り方というのは、もしかしたらこれは道路の一つなんじゃないかというふうに考えれば、当然、そういった税金をある程度見て、地域の要は活性化というか維持をするという考え方もあれば、いやいや、鉄道事業は最後まで営利団体で成り立たなきゃいけないんだという部分もあるかと思っています。これはもうスタンスの違いなのかもしれませんし、第三セクターの鉄道のつくり方にもよるのかもしれませんが、是非吉田社長にその辺のお話をいただければ。

○参考人(吉田千秋君)

 一言で言っちゃうと、やっぱりスタンスの違いだと言ったらおしまいなんですけれども、ただ、いろんな形がありまして、ひたちなか海浜鉄道の場合は非常に恵まれていると。沿線にも観光地がありますし、それから、赤字も三千万から始まっていますが、何とかならないことはないと。
 
私が個人的に思っているのは、ひたちなか海浜鉄道という恵まれた条件の会社が採算取れないということは全国全部駄目だろうと。ですから、うちはまず採算取るとか、活性化の先行事例としてもやると。その上で、富山の万葉線みたいに六千万までの赤字はいいんだよという話をするとか、それぞれの地域事情をしっかり鑑みた上でやっていくというのが第三セクターなんじゃないのかなと。秋田内陸縦貫鉄道さんも、この間頑張られて、二億六千万の赤字を二億以下になったら維持するんだというお話でしたけれども、とうとう頑張って二億切っちゃったと。非常に羨ましい話で、うちが二億赤字出てもいいよと言われたらもう未来永劫できると思うんですけれども、そういうところの、やっぱり地域地域の考え方を一番大事にしていかなきゃいけないんじゃないかなと思っています。

○山田太郎君

 ありがとうございました。