2022.1.28

「第1回 ゲーム障害勉強会」を主催。WHOからの正式回答と政府の最新見解

■この記事のまとめ

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① WHOは「ゲーム障害は病気でもなく疾患でもなく症候群(精神障害)であり、ゲーム障害が病気である言い回しは不適当である」と述べている。日本も、WHOのICD-11を批准するのであれば、病気という言い回しはやめるべき。

② 構造化面接を行わないスクリーニング・テストのみ実施だけでは、単なる『疑い』であり、有病率調査ではない。現象を過大評価していると言わざるを得ず、正しい政策に寄与しない。

③ ネット依存症93万人という調査は、ネット依存のスクリーニングを実施したという調査で、過大評価されていると言わざるを得ない。

④ 今後の議論における前提となる定義や科学的な知識を正しく理解することが必要。厚労省だけでなく他の省庁も科学的なところから外れた政策や発信になっていないか、政治としてもしっかりと留意していく。

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 ICD-11にGaming Disorderが収載され、政府において国内対応に向けた取組みが進められています。しかしながら、Gaming Disorderについては、原因や治療法、予防法等について科学的知見がないとされており、収載の経緯についても疑義が呈されています。

そのような中、根拠がないにもかかわらず、ゲーム時間の制限や依存症の治療・予防と称した取組みを広げる動きが行政機関において出てきました。これらは行政のあり方として非常に問題であり、極めて危険です。そこで、私 山田太郎 は、赤松健さんとともに、さまざまな専門家の方々からご知見を賜り、いわゆる「ゲーム障害」について、多角的に事実を把握するための勉強会を開催することにいたしました。本勉強会は、大阪大学の井出草平先生にアドバイザーをお願いし、全6回を想定しております。

今回は、2021年12月21日に開催した第1回についてお伝えします。初回のテーマは「総論・基礎概念の学習」、講師はアドバイザーでもある井出草平先生です。

左)赤松健さん(左)、山田太郎(右)

講義の資料については、すべて公開しておりますので是非ご覧ください。

写真)井出草平先生

■WHOからの回答

 ゲーム障害勉強会を開催するにあたり、井出先生との間では何度も打合せを行いました。また、その打合せをもとに山田太郎事務所からWHOに対して質問を行い、第1回勉強会の前までに回答をもらっておきました。当日は、井出先生から、そのWHOからの回答について解説していただきました。

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Q:質問①

ICD-11 では’Disorders due to addictive behaviours’という項目がありますが、これは’behavioural addiction’と同じ意味なのでしょうか。同じ意味の場合には、’behavioural addiction’と表記しなかった理由を教えてください。また、違う意味である場合には、どの点が違うかを教えてください。

訳語(仮)

Disorders due to addictive behaviours 嗜癖性行動による障害

behavioural addiction 行動嗜癖

A:WHO回答

はい。ICD-11 には”Disorders due to substance use and addictive behaviours”という項目の中に”Disorders due to addictive behaviours”という小項目があり、”Gaming disorder”や”Gambling disorder”などが含まれています。WHO は命名において”addiction”という用語を使用していませんが、Gaming disorder や”Gambling disorder”を物質使用 による障害と区別するために、”addictive behaviours”という用語が適切であると考えました。

ICD-11の構造

物質とそれ以外に分けた。

  • Disorders due to substance use

物質が原因のもの…アルコール、違法薬物等、たばこ、など

  • Disorders due to addictive behaviours

物質が原因ではないもの…ギャンブリング、ゲーミング

“behavioural addiction” という用語としての短所は、多くの行動が“addiction”につながると解釈される可能性があることです。

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Q:質問②

ICD-11 で行動嗜癖’behavioural addiction’という概念は採用されたのでしょうか。

A:WHO回答

いいえ

‘Gaming disorder’を含む’addictive behaviours’という概念は ICD-11 により初めて ICD に採用されました。

井出先生解説

ICD-11で行動嗜癖(behavioural addiction)という概念は採用されていない。

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Q:質問③ DSM-5 との整合性について

DSM-5 では addiction という用語を診断の用語として採用しないとしています。ICD-11 も同様の立場を取るのか、異なる立場を取るのであれば DSM-5 とはどのよう に違う立場を取るのかを教えてください。

A:WHO回答

はい。WHO も同様の立場を取っています。ICD-11 は、”addiction”という用語はほん のわずかしか含まれておらず、物質使用や嗜癖行動による特定の障害の名称には登場しません。“Neonatal withdrawal syndrome from maternal use of drugs of addiction” や“Fetus or newborn affected by maternal use of drugs of addiction”など、いくつかの名 称に含まれていますが、特定の障害の診断用語には含まれていません。しかし、この矛盾点は、将来の ICD-11 の小改訂で対処できます。

井出先生解説

DSM-5の立場

嗜癖(addiction)という言葉を用いてより極端な症状を記載する臨床家もいるが,この言葉は公式のDSM-5の物質使用障害の診断用語からは除外されている。その理由は,この語の定義が不明確であり,潜在的に否定的な意味を内包しているからである。

ICD-11も同様の立場をとる。

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Q:質問④ 精神障害の用語法の位置づけについて

ICD-10 での精神障害の位置づけが ICD-11 でも維持されているのをお聞きしたいです。具体的には、The ICD-10 classification of mental and behavioural disorders clinical descriptions and diagnostic guidelines(p.5) にお いて書かれている下記の記述は ICD-11 でも維持されますでしょうか。

https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/37958/9241544228_eng.pdf

この分類全体を通してdisorderという用語が用いられているが,これはdiseaseとかillnessなどといった用語を使用する際に生じる本質的で重大な問題を避けるためである。

disorderは決して正確な用語とはいえないが,ここでは個人的な機能上の苦痛や阻害に伴って,ほとんどの症例に臨床的に明らかに認知可能な一連の症状や行動が存在しているというときに用いられている.

個人的な機能不全がなくて社会的な逸脱や葛藤だけというのは,ここに定義する精神障害に含むべきでない

WHO『 ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン』日本語版5ページ。

A:WHO回答

はい。ICD-11 は暗黙的に ICD-10 と同じ“disorder”の概念を使用しています。しかし、ICD-10 における説明と同様の文章は、ICD-11 にはまだ含まれていません。

井出先生解説

ICD-11でも精神障害はdisorderであり、diseaseやillnessではない。

精神障害、ゲーム障害が病気である、疾病である、と言い回しは不適当とWHOは述べている。

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Q:質問⑤ ゲーム障害は病気なのか

ICD-11で新たに導入されるゲーム障害を病気 illness/disease であるという表現がされる場合がありますが、この表現は ICD-11の分類として妥当な表現でしょうか。

A:WHO回答

ICD は、diseases、disorders、health conditions、その他多くの項目が含まれています。Gaming disorderは、ICD-11 において公式なdisorderとして分類されています。多くの場合、”disease”という用語は、寛解と再発の自然な経過をたどる重篤で慢性的な障害disordersに適用されます。

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上記の正式回答の最も重要な点は、「ゲーム障害は病気でもなく疾患でもなく症候群(精神障害)であり、ゲーム障害が病気である言い回しは不適当である」とWHOは述べていることです。日本も、WHOのICD-11を批准するのであれば、病気という言い回しはやめるべきです。

また、精神障害に該当するためには、単に「精神症候」があるだけでは足りず、「社会的機能の低下」がなくてはならないというのも大切な点です。ここでいう社会的機能の低下とは、機能不全と同義とのことで、いくら「ゲームに対するコントロールの障害」や「他の生活上の関心や日常活動よりもゲームが優先される」といったことがあっても、それだけではGaming Disorderとは診断できないということです。

さらに、文部科学省が作成したパンフレットで使用されている「嗜癖」(Addiction)という用語は、定義が不明確であるだけでなく、自制心に欠け、能力的に劣った人間であるという否定的な意味を含む差別性のあるものとのことでした。

国際基準では人権問題に発展するとの認識から「嗜癖」(Addiction)という用語を採用しないことになっており、ICD-11も同様の立場です。
 

なお、まぎらわしいのですが、行動嗜癖(behavioural addiction)は差別性がある用語ですが、嗜癖性行動(addictive behaviours)はそのような用語ではないと整理されています。

質疑応答の中では、大変白熱したやり取りの末、いくつかの問題についても明らかにしました。

■有病率について

久里浜医療センターの樋口進氏らのグループが発表した論文では、ゲーム障害の有病率調査が発表されました。英語論文として発表されたため、まだ一般には知られていませんが、この調査は、スクリーニングテストを中心に行われており、5.1%青少年がゲーム障害だと書かれています。

しかし、井出先生からは、「構造化面接を行わないスクリーニング・テストのみ実施だけでは、単なる『疑い』であり、有病率調査ではない」「現象を過大評価していると言わざるを得ず、正しい政策に寄与しない」という指摘がありました。

厚労省からも「科学的に有病率と発表されるものは、構造化面接をしている。科学的に見れば、構造化面接していないのは有病率として公表はされない。しかし、『有病率』という表記はメディアが用いがちで我々も苦々しく思っている。ゲーム障害は構造化面接の以前に、確固たる合意ということろから埋めていく必要がある。」という回答がありました。

また、井出先生から「ネット依存症93万人という調査もありますが、ネット依存のスクリーニングを実施したという調査で、過大評価されていると言わざるを得ませんそもそも、ゲーム障害ということであれば学校に来ていない子が多いわけですが、学校に来ている時点で社会的機能の低下がみられず精神障害とは言えず、論理的に矛盾した調査だと思う。」という指摘もありました。

出典)井出先生講演資料

■文科省の対応について

Q:山田

以前文科省が作成したパンフレットは行動嗜癖という言葉を使用してたが、WHOの見解を知って使用していたのか。また、学校のこどもを対象にゲーム障害の調査をしているのか。

A:文科省回答

文科省として学校での調査はしていない。久里浜医療センターは学校を通して調査されているが、厚労省を通してやっている。研究責任は久里浜医療センターで、文科省の事業ではないので認識していない。パンフの見直し予定については、WHOの問い合わせを本日初めて見たし、関係省庁からもプレゼンを聞いたので、最新の知見で見直しを検討していきたい。」

Q:山田事務所

文科省はICD-11の枠組で検討するのか。

A:文科省

文科省で独自見解をもっているわけではないので、医学的科学的知見に基づき対応する。

Q:井出先生

「ICD-11に準拠し政策を進める、文科省独自の解釈はつくられない。」という理解でいいのか。

今の回答では答えになっていない。準拠するのか、しないのかの二択だと思うが。行動嗜癖を使うのかどうか。

A:文科省

国内での適用等の状況をふまえている。医学的なことは厚労省の年頭に置き、知見に沿って対応しているということ。

井出先生:

まだ、回答になっていない気がするが、基本的にはICD-11に準拠すると解釈した。

■厚労省の対応

説明:

Gaming Disorderについて、2019年5月世界保険協会でICD-11を改定。2022年1月に発行予定。発行後5年は移行期間で日本も5年の間に取り入れていく予定。ICD-11に準拠した形で作業を進めていくが、まだ和訳もできていない。今年度から依存症啓発の中でのゲーム障害研究を行う予定。

Q:山田

依存症は病気として扱うのか。WHOも依存症は病気ではない、ゆえにゲーム依存症は病気ではないという慎重な見解をしている。厚労省でも翻訳の段階からゲーム障害を病気として扱うのかどうか。見解を教えてほしい。

A:厚労省

ICD-11を和訳するとき、病気と考えているわけではない。ディスオーダーが分かる表現で、傷病の観点にいれることも必要。覚せい剤、不法行為だからと入れないのではなく、本人も困っているということで支援につなげることも必要だと認識している。

Q:山田

ゲーム依存症を病気として扱おうとしているのか。健康保険の対象とするのか、国民の税金に関わる問題だ。病気ではないとWHOの発表あったが。

A:厚労省

まだ決まっていない。Gaming Disorderをどう扱い、どう支援の対象にするか。現時点で方針は決めていない。ただ、支援を求めている方がいることはあるので、留意をしながら。両方に留意する。

Q:山田

1月以降翻訳はする。用語はでてきてもすぐに健康保険の対象ではない、審査を経て決まるということでいいか。

A:厚労省

和訳は大臣告示で決定する。病気かどうか、保険対象かどうかは、対象がゲームの時間ではなく他の発達障害もあるので。今のところ判断されて保険の適用になるわけではない。

山田:

日本に来てただちに病気はおかしい。ゲームが病気につなげることはない、ということでいいか。

厚労省:

現時点で、ゲーム依存症が病気と確固たるものとして扱うわけではない。

井出先生からも、「依存症で伝わる。わざわざ病気という不正確かつ、誤解を招く表現で書かなくても支援に繋げられるのではないか。ゲームをすると病気だと言われる副作用の方が強いのではないか。病気と書かないと支援と繋げられないのか、必ずしもその必要はないはずである」という重要な指摘もありました。

■ゲーム障害の扱う範囲について

Q:赤松さん

ゲーム障害の扱う範囲はどの範囲か。プレーヤーの気持ちにまで踏み込むのか。

A:井出先生

アメリカで乱射事件が起こっているが、FPSの銃を使ったゲームが関連していると疑う人はアメリカでは多い。研究者は暴力性が増す、増さないという2つに分かれているが、科学的には決着ついていない。

私が研究を依頼されれば、暴力性が増す調査、増さない調査どちらも組める。かなり科学的にコントロールできる結果で政治的な話だ。

赤松さんからは、「私は学生時代から、ウルティマオンランを10年間やっていた。漫画家として『ラフひな』を描いている頃にも、トイレも我慢してやっていたほどだが、ゲーム障害の定義でいえば、社会生活に支障をきたしていたわけではないので、ゲーム障害には当てはまらないということが確認された。定義や基礎からしっかりと確認していくことが重要だ。」という指摘もありました。

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今回の勉強会はかなり詳細な議論でしたが、今後の議論における前提となる定義や科学的な知識を正しく理解するために、大変有益だったと思います。有病率の話もそうですが、一旦センセーショナルな報告がでると、それが独り歩きをしていきます。厚労省だけでなく他の省庁も科学的なところから外れた政策や発信になっていないか、政治としてもしっかりと留意していきます。

また、依存症に陥っている子どもがいることは間違いないですが、果たしてそれはゲームが原因なのか、慎重な判断が必要です。今後さまざまな課題がありますが、専門家を交えて議論を進めていきます。