2020.1.22

このままで良いのか?!香川ゲーム・スマホ規制を徹底議論!!

 今月10日、香川県は全国初となる「ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)」の制定に向け、オンラインゲームの使用時間制限等を具体化した素案を明らかにしました。2月定例会での議員発議を経て、2020年4月の条例施行を目指すとしています。全国的には、あまりメディアに取り上げられていませんが、この問題は、他県も追随する可能性もあることから非常に重要で緊急性の高い問題であると考え、1月15日のさんちゃんねるで徹底的に議論しました。

まず前提にある問題点として、香川県でのこれまで6回の議論は非公開であり、議事録も作られていません。これは県民に義務を課す条令の制定プロセスが可視化されていないという点で、問題があるのではと思っています。条令素案については、コンテンツ文化研究会が独自で入手し公開しています。全20条から成る素案の全文はこちらからご確認いただけます。今回、香川県のサイトで資料がネット公開されていない中で、コンテンツ文化研究会さんが議会事務局まで出向いて資料を入手し、公開して頂いたことは非常に大きいと考えています。

素案には、主に以下のような内容が盛り込まれています。

第2条1(定義)
ネット・ゲーム依存症とは、ネット・ゲームにのめりこむことにより、日常生活又は社会生活に支障が生じている状態をいう。

第2条5(定義)
スマートフォン等とは、インターネットを利用して情報を閲覧(視聴)することができるスマートフォン、パソコン等及びコンピューターゲームをいう。

第3条2(基本理念)
ネット・ゲーム依存症が睡眠障害、ひきこもり、注意力の低下等の問題に密接に関連することに鑑み、(中略)必要な配慮がなされるようにすること。

第4条3(県の責務)
県は県民をネット・ゲーム依存症に陥らせないために市町、学校等と連携し、乳児期における子どもと保護者との愛着の形成の重要性について、普及啓発を行う。

第6条2(保護者の責務)
保護者は、乳幼児期からの、子どもと向き合う時間を大切にし、子どもの安心感を守り、安定した愛着を育むとともに、学校等と連携して、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない。

第8条2(国との連携等)
県は、国に対し、eスポーツの活性化が子どものネット・ゲーム依存症につながることのないよう慎重に取り組むとともに、必要な施策を講ずるよう求めるものとする。

第11条2(事業者の役割)
前項の事業者は、その事業活動を行うに当たって、著しく性的感清を刺激し、甚だしく粗暴性を助長し、又は射幸性が高いオンラインゲームの課金システム等により依存症を進行させる等子どもの福祉を阻害するおそれがあるものについて自主的な規制に努めること等により、県民がネット・ゲーム依存症に陥らないために必要な対策を実施するものとする。

第18条2(子どものスマートフォン使用等の制限)
保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に付けられるよう、子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピューターゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が 60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とすること及びスマートフォン等の使用に、義務教育修了前の子どもについては午後 9時までに、それ以外の子どもについては午後 10時までに使用をやめることを基準とするとともに、前項のルールを遵守させるよう努めなければならない。

罰則規定はありませんが、責務が生じるということを甘く考えることはできません、例えば、条例違反として協力しない教師に不利益を与えたり、病院を不利益にあつかう可能性があります。

条文の具体的な問題点を見ていきます。一つ目の問題点としてネット・ゲームの生活習慣との関係、時間制限は妥当なのか、という観点が挙げられます。

今回の素案では、「ネット・ゲーム依存症」が定義されています。ここでいう、「ネット・ゲーム」はオフラインを含むゲームとインターネットをする行為そのものを指しているそうです(香川県事務局に確認済)。

では、国はネット・ゲーム依存をどう扱っているのでしょうか。厚労省に確認したところ、明らかに“ネット依存症”とみられる患者がいることは理解しているが、国としてゲームやスマホ依存症の現状についてはまったく把握していないどころか、そもそも、ゲーム依存症の定義や原因、具体的対策については何も決まっていない。ということが分かりました。

世界では「ICD11」(2019年5月28日のWHO総会の本会議で正式決定)において、ゲーム障害が定義されました。「ICD」とは「International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)」の略称で、世界保健機関(WHO)が作成している病気の分類です。日本語では「国際疾病分類」とも呼ばれています。これに定義されて、初めて学問的に疾病として分類されます。

病気の分類としては「ICD」のほかに、「DSM」というアメリカ精神医学会によって作成される国際的な診断基準があります。「ICD」と「DMS」の違いは、「ICD」がすべての病気を対象としているのに対して、「DSM」は精神疾患を対象としていることです。これらがそれぞれ別の診断基準を有していることから、この度「ICD11」で定義された「ゲーム障害」は、「DMS」では疾患として認定しないことが決定されました。

こういったことから、この「ICD11」でゲーム障害というものがWHOで定義されたからといって、それは単に学術的に新たな分類ができただけであって、自動的に日本で何らかの義務を負うわけではありません。厚労省によると、「ICD11の定義を日本としてどう使用するかは2年程度かけて検討中する予定であり、和訳作業どころか、まだゲーム依存症の調査等も行われていないのが現状だ」ということです。ゆえに、国としてしっかりとこの部分の話し合いを進めていく必要があります。現状では、日本におけるゲーム依存症の診断基準や診断マニュアルは厚労省は確認する範囲では存在せず、そうだと思われる患者の診断や治療は現場の医師の判断にゆだねられています。

香川県の第2回検討委員会の参考人であった樋口進医師((独)国立病院機構久里浜医療センター院長)は、「飲酒や喫煙等の実態調査と生活習慣病予防のための減酒の効果的な介入方法の開発に関する研究」(参照:厚生労働科研究データベース)をもとに、「中高生のネット依存症が疑われる者が増加している」と発言しています。2018年9月1日付 日経新聞ではこの研究をもとに『厚生労働省研究班(代表・尾崎米厚鳥取大教授)の調査で交流サイト(SNS)やオンラインゲームなどに没頭するインターネット依存の疑いがある中高生は約93万人(2017年時点)とされ、2012年時点(約52万人)と比較して倍増している。』と報道されたこともあります。

しかしこの調査は、生活習慣病の調査の一つとしてインターネットに関する調査をした研究であり、ネット依存症の人を調査のターゲット対象として調査したものではありません。

この調査では以下に3~4つ当てはまると不適応使用者、5つ以上で病的使用者とし、3つ以上当てはまる人をネット依存が疑われると判断していますが、現代社会ではほとんどすべての人が3つ以上あてはまるのではないでしょうか。

もうひとつ、香川県が根拠としている研究に国立病院機構久里浜医療センターの「ネット・ゲーム使用と生活習慣についてのアンケート結果」(令和元年11月27日・厚労省補助事業)があります。これによれば、「ゲームをやめなければいけない時にしばしばゲームをやめられなかった」と答えた割合や、「学業成績の低下や仕事のパフォーマンスの低下」があったと答えた割合は、ゲーム時間が長くなるにしたがって高くなる傾向が見られた、としています。この調査は、2019年1月~3月に10~29歳の男女5000人を対象にアンケート調査を実施した結果ですが、本日厚労省に確認したところ、「この研究はあくまで研究調査であり、この調査に基づいて直ちに依存症を認定したり、(時間が依存症の)原因であると特定をしたり、対策を講じるためのものではない。」との回答でした。日本でゲーム障害の定義がなされていないのに、ゲーム障害であるような設問をすること自体に意味がなく、恣意的な質問も多数散見されました。

これに対して、慶応大の中室牧子教授は、「ゲームを1時間やめても1.86分しか勉強時間は増えず、ゲームは子供の問題行動や学習時間に負の因果関係ももつが、その効果は極めて小さい」と指摘していたり、筑波大学の斎藤環教授は「ゲーム自体は引きこもりの理由にはなっていない、ネットゲーム依存というのは、回線の向こうに相手がいることによる依存なので、”つながることへの欲求”が強い。1日5時間以上している場合には、その範囲で制限することも必要。逆にネットで稼ぐモデル化をすることで引きこもりの救済になる場合も多い。」と述べています。

以上のように、国としては調査が行われていないので、条令素案が暗に言及している「ゲーム依存症が、睡眠・引きこもりにつながる」「保護者が愛着を育まなければ、ゲーム依存症になる」「eスポーツがゲーム依存症になる」「1日60分に制限すればゲーム依存症がなくなる」といった科学的根拠はありません。これは、立法事実(条例制定事実)があるとは言い難くEBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)の観点からも大いに問題があるといえます。

またさらにもう一つ挙げられる問題点として、表現の自由、知る権利との関係があります。インターネットは国民の生活に根付いており、情報収集やコミュニケーション、表現のツールとしても欠かせないものとなっています。日本は子どもの権利条約を批准しているので子どもにもその権利がありますが、この素案のようにインターネットへのアクセスを極端に制限することは、表現の自由、知る権利を制限することにもなりえます。ゲーム依存症ではない9割以上のほとんどの子どもの知る権利やゲームをする権利を奪うことになりかねません。また、ゲーム事業者への規制について、筑波大辻雄一郎准教授は憲法13条で、「ゲーム制作は営業の自由」にあたると述べています。この自由権を奪うには正当な理由がなくてはいけません。

今最も大切なことは、ゲーム依存症についての調査を早急にすることです。ゲーム依存症をもっと深く調査した上で、原因を解明し対策を講ずることが必要ではないでしょうか。科学的な原因が不明である状態で、ゲームの時間やゲーム事業者を制限してもゲーム依存症患者の救済にはなりません。そして、インターネットを規制することで、子どもの知る権利や表現の自由を奪う懸念があります。この件は地方自治に関わる問題ですから、香川県議や香川県民の方には慎重な議論をしていただきたいと思います。

(2020年1月20日の第6回香川県議会ネット・ゲーム依存症対策に関する条例検討委員会の条例素案を元に作成)

関連記事