2024.10.7
「ウクライナ避難民支援の今」ルーマニア・モルドバ視察報告②~モルドバ編~
2日目は、モルドバの首都キシナウとストレッセン地方の視察に伺いました。
■こどもの早期発達支援と新生児および乳幼児聴覚検査(Institute Mother & Child)
まず、日本の補正予算で実施されたプロジェクトで、モルドバに住む子ども(ウクライナ避難民含む)を対象とした、こどもの発達支援の現場「Institute Mother & Child (IMC)(母と子のための病院)」を視察しました。
早期発達支援として、7人の専門家がおり、複数のアクティビティを組み合わせて発達障害や自閉症などの障害をもつ0~5歳児のこども対して支援を行っています。このような施設はモルドバ全土38県に8か所あり、ここでは医師のアセスメントの結果を基にそれぞれのニーズに併せて支援を行っています。主に医師のトレーニング機関としての役割も果たしているそうです。
5年間で1800人のこどもが支援を受けており(このうち昨年は5人がウクライナ避難民)、社会心理的なサポートとメンタルヘルスを中心に実施しています。避難民のこどもにはトラウマケアも丁寧に行っていました。
新生児聴覚スクリーニング検査も行っており、モルドバ各地の病院で異常があると診断された乳児(生後1週間~4,5カ月)が、2回目および3回目の検査を受け、適切な治療に繋がることができる環境も整えられていました。日本でも新生児聴覚検査が公費負担で実施されるようになりましたが(令和4年度時点で、当該検査費用の公費負担を実施している市町村の割合は、80.0%)はじめて実物の検査を試させてもらいました。全く痛みや負担がなく驚きました。日本の補正予算が、モルドバやウクライナ避難民のこどもたちの発達支援にしっかりと役立てられていることを確認しました。
■遊びを通じた学び(Play for Learning)
次に、モルドバの首都キシナウにあるパペットシアター(操り人形劇の劇場)の一角で遊びを通じた学びのスペースを開設している現場を視察しました。ECW(Education Can Not Wait:教育を後回しにはできない基金)という日本が令和5年度補正予算で初めて拠出した基金から資金を受けて運営されています。資金を受けて現地で実際に事業を実施しているのは、パスクパス(step by stepの意味)というローカルNGOです。
ここで、オデッサから避難してきた4人の母Olenaさんに話を聴きました。彼女はここでエデュケーターとしてウクライナ語で英語の授業を行っています。彼女は15歳の娘をウクライナに残して、今は別々に暮らしています。その決断は非常に切実で重い話でしたが、皆さんにも知っていただきたい現実ですので、そのまま紹介します。
△Olenaさん
Q:どのようにここキシナウに来たのでしょうか?
ウクライナのドニプロ地域出身で、戦争が始まる前の2年間は夫の仕事のプロジェクトでオデッサに住んでいました。今ここ(モルドバのキシナウ)に住んで2年9か月で、こどもが4か月の時にここに来ました。そして、エデュケーターとしての仕事を開始しました。
戦争が始まった時、医療を受ける必要があり、友人の紹介でここにたどり着きました。移動した冬は寒くて危険でした。ここに移動してきたばかりのときは、天候やこどものことが心配でしたが、今は幸せです。ここでは、こどもが安全に成長できます。ウクライナではそれはとても難しいことです。
私たちの脳は、多くのエネルギーを使って生存のための戦略を考えます。どうやって安全を保つか、どうやって逃げるか、あるいは身動きが取れなくなるか。移動したときは、凍りついていて、安全な場所を作るのは難しかったですが、私にとってそれは生き残るために重要なことでした。最初の月はとても寒くて暗い冬の月でしたから、私も凍りついていました。
2022年当時、私の一番上の娘は15歳近くでした。その夏、私たちは彼女の願いを聞き、彼女はオデッサの芸術大学に進学しました。友達と一緒にいたかったし、ウクライナに残りたかったのです。彼女は『私はウクライナじゃないとどこでも死んでしまう』と私に言いました。そして、今一番上の娘はウクライナにいます。夏の間だけこちらに来ます。夏休みの間だけですが…。娘について話すとき、涙が出てきます。母親としてとても辛い決断でした。『ウクライナでないと死ぬ』と言われるのは難しかったです。彼女は外に出たくないし、友達も作りたくないと言っていました。彼女の頭の中はウクライナのことばかりでした。
戦争が始まる前は、私たちの家族は本当にロシア語を話していましたが、戦争が始まってから、最年長の娘が私たちをウクライナの文化やウクライナ語に引き込んでくれました。そして、今私たちは最善を尽くしていると思います。私は早くドニプロに戻りたいです。
Q:ウクライナではどのような仕事をしていましたか?
ウクライナでは、姉と一緒にこどもたちのための私立の小さなセンターを持っており、そこでモンテッソーリという教育法で教員として働いていました。私は、教員免許を持っており、その他にもこどもと大人のためのアートセラピストの資格も持っています。
2022年には、ここモルドバで、また姉と一緒に始めました。しかし、今は姉はウクライナに1年以上います。夫がいるので、ウクライナを離れたくないのです。
Q:国際社会からどのような支援が必要ですか?どのような助けを期待していますか?
とにかくサポートが必要です。ウクライナのコミュニティを維持するための支援が必要です。これはすべてのこどもと親にとって非常に重要で有益です。ここでは、親たちのためにも多くのイベントがあります。親子で一緒に参加できるものもあります。
幸せな親になるためにどうすればいいか。親をサポートすることも非常に重要です。今、ウクライナの親たちはストレスを抱えていますが、親がリソースを持っていないと、こどもにどう接するか理解できません。そこで、私たちはリソースを少しでも提供しようとしています。母親のためのアートセラピークラスもあります。こどもたちが別のクラスにいる間、母親たちが参加できるクラスです。これは非常に重要です。モルドバでは、ストレスをかかえた親と子が常に一緒にいることが多く、戦争が始まってからは特にそうです。それがこどもにとってのストレスになり、問題を引き起こすこともあります。
Q:ここでの取組で困難はありますか?
ここでのチャレンジはこどものトラウマです。最初は、叫んだり走り回る子もいました。
こどもたちに特に必要なことは、静かで安全な環境です。親は少し休む必要があります。ここでは、私たちはお茶を飲んで、5分、10分、15分の間、静かに過ごすことができます。
それが非常に重要です。親たちはどうやってリラックスするか学びます。次の活動では、こどもたちはアクティブなゲームをして、親は社会的な交流をします。アートセラピーで描いたり、手を使って何かを作ることもできます。これを通じて、親たちは日常生活に取り入れられることができます。
■ストレッセン地方の就学前発達支援センター
次に、日本の補正予算を受けて実施されたプロジェクトで、モルドバ全土38県のなかで8か所あるうちの1つ、キシナウ近郊の早期発達支援センターを訪問しました。ファミリードクターから早期発達センターを受診するように紹介されたこどもとその保護者が、どのような支援を受けるのか、初回訪問予約から支援の実施までの流れを見学しました。
このセンターでは、予約の電話をしてから初回の受診までにかかる期間は約10日とのこと。0~5歳のこども人口3000人の約10%が早期支援が必要だと算出しています。
センター長は「今回訪問したこのセンターはモルドバ国内でベストであるが、まだ課題はある。アクセスとスペース、そして資金不足。例えば、コストカットをするために燃料費を抑えるなどできる努力をしている」と話してくださいました。
■高校におけるEdu Techラボ
モルドバで最後に視察した現場は、キシナウの公立高校の一角で行われているEdu Techラボです。ウクライナ避難民のこどもたち全体の約30%がキシナウに住んでいます。もともとモルドバを居住地に選んだ人はウクライナに戻りたい人が多く、一時的な避難先という位置づけでモルドバで居住を始めました。しかしながら、避難が長期化する中で生活の拠点をモルドバ(キシナウ)にせざるを得ないということを認識している状況です。そのような中で、どのような教育を提供すべきか、試行錯誤しながら取り組まれていました。
Edu Techプログラム自体は、小学校から高校レベルまで、モルドバ全土の81学校で行われています。今回訪問した学校は高校で、高校生対象のプログラムを実施しています。
ルーマニア人の教師Vasilacheさん(女性)に話を聴きました。
「教育については、PCやスマートフォンを持っている生徒はインターネットにアクセスしてオンライン(ウクライナのカリキュラム)でも学習ができる。2年間COVID-19で、2年間戦争で、長いこどもでは4年もオンラインでの学習を継続している。
学校では、言語教育(ルーマニア語、英語※ウクライナ避難民のこどもはどちらの言語も使えないことがあるのでモルドバ人教師とウクライナ出身のアシスタント教師が2人1組で授業に入る)や通常の科目の他、MHPSS(心理社会的支援)や子どもの保護、給食の提供、モルドバ人とウクライナ人が一緒になって活動をすることなどを行っている。また、これまでの空白期間4年分の学習内容をぎゅっと凝縮し短期間で学ぶ加速化教育プログラム(Acceralated Learning Programu: ALP)を開発中で、9月の新しい学年から始める予定。」
UNICEFは”Back to school(学校に戻る)キャンペーン”を行っているそうです。ウクライナ政府はウクライナ語でのオンライン学習コンテンツを整備し、ウクライナの学校にオンラインで通えるようにしていますが、避難先でオンラインの授業を受けているだけではこどもは新たな友人や地域社会でのつながりをつくることができず、孤立してしまいます。そのため、UNCIEFでは、ウクライナ教育省に対してオンライン学習だけが学習機会の選択肢にならないように(モルドバの学校に通うことも選択肢の一つになるように)ロビイングをしているそうです。
■UNICEFモルドバ事務所での意見交換
最後に、UNICEFモルドバ事務所で、視察全体の振り返りと意見交換を行いました。マハ事務所長の話からも、ウクライナ危機が勃発した2022年11月からすでに約2年が経過していることもあり、一時的な非難というフェーズから、社会の中に溶け込んで生活を再建していくフェーズに移行しつつあることを理解しました。2023年12月の世界避難民フォーラムでも人道支援と開発のネクサスと言うことが謳われていましたが、いかにして新しい場所で生活を取り戻していくのかということを考えさせられました。私も、『ウクライナから逃げてきて3年経ったらもう新しい場所で生活が根付いている。その中で、また「ウクライナに戻りましょう」と言われても簡単には戻れないのではないか…』という疑問を抱いていましたがまさに、その通りでした。
■モルドバ大使との面会
モルドバでは、山田洋一郎駐モルドバ特命全権大使と面会しました。
モルドバはかつてのソ連構成国のひとつですが、1991年のソ連の解体とともに独立しました。人口259.7万人(2021年:モルドバ国家統計局。トランスニストリア地域の住民を除く)、面積は九州よりやや小さい3万3,843平方キロメートルです。モルドバ在住の日本人はわずか40人で半分は大使館家族だそうです。1人当たりのGDPは5,280ドルです。
出典)外務省
EU加盟交渉で揺れ動くモルドバの政治状況についても、大使に詳しく聞きました。大使はロシア語も堪能で、ロシアと中欧情勢に精通されています。
モルドバ社会の構造は、30-35%ロシア語しか話さない(親ロシア) 、30-35% ルーマニア語、40-50% どちらでもない人という割合です。法改正があったことで、2番目のルーマニア語話者が緩い証明でルーマニア国籍取得することができるようになりました。そうなったことで、ルーマニア国籍を持つモルドバ人はEUの恩恵(圏内移動の自由・就職しやすくなるなど)を受けられるようになります。そこで、国内からEUへの人材流出が課題としてでてきたそうです。
また興味深いのは、ウクライナとの国境側にある未承認国家のトランスニストリア(沿ドニエストル共和国)です。通貨やパスポートも発行しているそうですが、ロシアすら認めておらず、現時点で認めてる国は1国もありません。トランスニストリア地域には1500人のロシア兵が駐在しています。新欧米派で知られるサンドゥ大統領の現モルドバ政府と、ロシアが後ろ盾となっている「沿ドニエストル地方」との間で緊張が高まってきています。
出典)2023年6月5日産経新聞「露「情報戦」舞台は平穏 沿ドニエストル侵攻の兆候なし」より。
また、今年10月に大統領選挙があります。前ドドン政権では、新ロシア派で甘い汁を吸ってきた人が多く、裁判官や検事においても汚職が蔓延していたそうです。現政権は「汚職を断ち切る」と言い2020年の大統領選挙で圧倒的支持を得て勝利しました。サンドゥ大統領はその強い政治姿勢から、「鉄の女」との異名を持つほどです。
10月の大統領選挙はEU加盟を目指す親欧米派のサンドゥ大統領と、新ロシア派のドドン前大統領のどちらが勝利するかで、外交安全保障にも大きな影響を与える極めて重要な時期です。再選を目指すサンドゥ大統領を阻止するために、プーチン政権が干渉するのではないかともいわれており、一層の緊迫が予想されるそうです。最前線で国益を守るために日々取り組まれている大使や大使館員の方からのお話も、非常に貴重な情報でありました。