2022.6.22

このままのインボイス制度には反対します

参議院議員 山田 太郎

1.結論

 私は、フリーランスにとって懸念が大きいインボイス制度については、2019年7月の再選直後から当事者にヒアリングを行い、絶えず課題の解決に取組んできました(詳細はこちらをご確認ください)。党内の会議や省庁との議論でも、親事業者からのヒアリングでも、インボイス制度の課題を説明し、フリーランスへの不利益が最小となるよう働き掛けてきました。

 その結果、

①免税事業者でいつづけることを選択したフリーランスへの一方的な取引対価の引下げや取引の停止は独占禁止法上問題となるおそれがある旨の政府見解の発表(免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A)、

②インボイスに関連した支援策の予算措置(経済産業省令和3年度補正予算41頁、44頁、45頁)、

③一部の親事業者からのフリーランス保護の意思表明(免税事業者のままでも取引を継続しこれまで通り消費税10%を上乗せした額と同じ報酬を支払うことの宣言)等、

一定の成果につながりました。

 しかしながら、フリーランス保護の重要性が高まる中、2023年10月のインボイス制度実施まで1年あまりとなった現段階においても課題が十分にクリアできておらず、インボイス制度によるフリーランスへの不利益の重要部分が解消されていないため、このままのインボイス制度には反対であることを表明します。

2.インボイス制度の導入経緯

 インボイス制度は、売手が買手に対して適用税率や消費税額等を正確に伝えるためのものであり、8%から10%への消費増税の際に複数税率制度である軽減税率制度が採用されたことに伴って導入が決められました。

 軽減税率制度は2016年の税制改正法案の成立によって決定されましたが、その法案審議の際にインボイス制度を理由に反対した政党は共産党だけです。与党であった自民党と公明党は当然インボイス制度を含めた法案全体に賛成。当時の最大野党の民主党は、インボイス制度については早急に導入すべきであるとの立場(税制改正法案には反対)をとっていました。

参考:「民主党政策集INDEX 2009」20頁

「インボイス制度(仕入税額控除の際に税額を明示した請求書等の保存を求める制度)を早急に導入することにより、消費者の負担した消費税が適正に国庫に納税されるようにします。」

 さまざまな問題を抱えるインボイス制度ですが、上記のように国会審議を経て成立したというものであるという事実は重く受け止めなくてはなりません。それらを全く無視し、ただ単に反対と主張することは国会軽視と言わざるを得ません。

3.インボイス制度をめぐる論点

3-1 消費税とインボイス制度

 インボイス制度は、適用税率や消費税額等を正確に伝えるためのものであり、消費税制度を前提とするものです。一部、消費税自体を廃止すべきであるという理由でインボイス制度に反対する主張もありますが、消費税が重要な安定財源の一つであることは否定できず、直ちに消費税そのものを廃止するべきとは考えていません。

 また、インボイス制度は、複数税率制度をも前提とするものです。8%から10%への消費増税の際に痛税感と逆進性の緩和のために軽減税率制度が採用されたことに伴って導入されました。そのため、8%以下に消費税率を引下げて元の一律税率に戻した場合、インボイス制度そのものがいらないということになります。

現在、ロシアによるウクライナ侵攻等によって、総需要の増加がない中で物価の上昇が起こっており、スタグフレーション(いわゆる悪性インフレ)のリスクが高まっています。そのような中においては、総需要を喚起するための方策として、一時的な減税は検討に値します。一時的に減税を行い、それに伴ってインボイス制度を凍結・見直しするということであれば、賛同できます。

3-2 軽減税率制度(複数税率制度)と表現の自由の関係

 インボイス制度は痛税感と逆進性の緩和のために軽減税率制度が採用されたことによって導入されたものですが、痛税感と逆進性の緩和のための手段としては、「給付付き税額控除」という別の選択肢もありました。私は、低所得者に対する政策効果や公平・中立・簡素という税の三原則等の観点、そして表現の自由の観点から、「軽減税率制度(複数税率制度)」には反対で、「給付付き税額控除」を導入すべきと主張してきました。

 実は、表現の自由と軽減税率制度は、密接な関係にあります。痛税感と逆進性の緩和を実現するため、軽減税率の対象は生活必需品とされましたが、この生活必需品の中に書籍・雑誌を含めるか否か、含めるとしてどのような書籍・雑誌を含めるかが国会審議で問題となりました。2016年当初、政府は、有害図書である書籍・雑誌を排除し、それ以外の書籍・雑誌は生活必需品として軽減税率の対象としようとしていました。国家が書籍・雑誌について有害なものとそうでないものを決めるということは、表現の自由(憲法21条1項)に反するものであり、検閲の禁止(同条2項)の趣旨にも反します。また、有害かどうかの判断を完全に民間任せにしてしまうことは、法律によって税率を定めていないことになり、租税法律主義(憲法84条)に反してしまいます。私は、国会質疑において、当時の安倍総理、菅官房長官、麻生財務大臣、横畠内閣法制局長官らにこれらの問題をぶつけ有害図書排除の仕組みを糾弾し、表現の自由の観点から、書籍・雑誌は一律軽減税率の対象とならなくなりました(予算委員会 軽減税率で有害図書指定はできない(2016/01/18))。私自身、この一件で、出版社等には相当恨まれましたが、表現の自由を守れたと自負しています。

しかし、軽減税率制度にしなければこのようなことにならなかったのであり、やはり複数税率制度にすべきではなかったと考えています。

 以上のように、そもそも軽減税率制度に反対という立場ですので、当該制度を前提としたインボイス制度にも元々賛成していません。

3-3 事務負担の問題

 インボイス制度の実施によって適格請求書発行事業者になると事務負担が増加することを理由にインボイス制度に反対する主張があります。たしかに、フリーランスにとって事務負担の増加は重荷になります。しかし、この問題については、システム導入支援や研修等によってある程度解決が可能です。そのため、事務負担の問題は、直ちにインボイス制度に反対するものではないと考えています。まずは、フリーランス等に最大限支援を行うべきと考えていますが、十分に支援が行き届いていないのが現状です。

3―4 個人情報の公表の問題

 インボイス制度の実施時に施行される新消費税法においては、適格請求書発行事業者の登録は、「適格請求書発行事業者登録簿に氏名又は名称、登録番号その他の政令で定める事項を登載してするものとする」とされ、氏名や登録番号は「速やかに公表しなければならない」とされています(57条の2第4項)。搭載される氏名は戸籍・住民票に記載されている本名でなければなりません。そのため、ペンネームで活動している同人作家等のフリーランスであっても、本名が公表されることになります。住所(主たる事務所の所在地)は本人の申出がない限り公表されず、本名公表は本名バレを意味しませんが(ペンネームを屋号として登録し、それを公表することを自ら申出た場合等は本名バレします)、個人情報である本名が公開されることに抵抗を感じているフリーランスから多くの懸念の声が寄せられています。

ただ、本名公表は特定商取引法(特定商取引法ガイドQ16)等、他の制度においても義務付けられており、これはインボイス制度だけの問題ではありません。近年、個人情報については極力公表されず保護されるべきという流れもあり、本名公表への懸念の声には真摯に向き合うべきです。プライバシーや個人情報の扱いについて、総合的な検討が必要です。

なお、特定商取引法上の「住所」及び「電話番号」の広告への表示義務は、消費者からの請求によって、広告表示事項を記載した書面又は電子メール等を「遅滞なく」提供することを広告に表示し、かつ、実際に請求があった場合に「遅滞なく」提供できるような措置を講じている場合には免除されますが(特定商取引法ガイドQ17)、一つの参考になるかと思います(関連:フリーランスがネット通販をする際に自宅の住所を晒す必要があるのか!?特定商取引法

3-5 いわゆる益税の問題

 免税事業者は、消費税額を上乗せした報酬の支払いを受けても、当該消費税額を納税していません。消費者が負担した消費税が事業者の手元に残っており、いわゆる益税となっています。インボイス制度を推進する人の中には、益税問題の解消を目的としている人もおり、インボイス制度反対は益税の肯定であるといった主張も見られます。しかし、いわゆる益税は、簡易課税制度によっても生じるものですし、インボイス制度の導入によって必ずしも益税問題が解消できるわけではありません。

 私は、益税の問題については、税の公平性の観点から検討が必要であると考えています。しかし、事業者免税点制度や簡易課税制度の急激な変更は事業者にとって不測の不利益を与えるため、これらの制度のそもそもの趣旨や現在果たしている役割を踏まえ、いきなりなくすのではなく対応策を考えるべきです。

3-6 免税事業者の制度(事業者免税点制度)の問題

 このままインボイス制度が実施されると、免税事業者であったフリーランスは、①適格請求書発行事業者(課税事業者)になるか、②免税事業者のままでいるかの選択を余儀なくされます。

 ①適格請求書発行事業者(課税事業者)になった場合、事務負担の増加だけではなく、消費税を納税しなければならなくなり、手元に残る収入が減少します(簡易課税制度や仕入税額控除によって納税額を抑えることは可能)。

 ②免税事業者のままでいる場合、事務負担の増加はありませんが、取引先が仕入税額控除できなくなるため、取引対価の引下げや取引の停止のリスクが出てきます(一方的な取引対価の引下げや取引の停止は独占禁止法上問題となるおそれがある旨の政府見解の発表がありますが、明確に違法とすることは困難。親事業者が取引を継続し、取引対価を据置いてくれればフリーランス側への不利益はない)。

 フリーランスにとって、上記①・②のいずれを選択するかは非常に難しい問題であり、いずれも大きな不利益を被る可能性があります。

 しかし、制度設計をする上では、①・②以外の選択肢もありうるはずです。それは、

 ③適格請求書発行事業者であり、かつ、免税事業者でもあることを認める場合です。

インボイスを発行・保存することと、免税事業者でなくなることとの間には、論理的な必然性はありません。この③が認められれば、事務負担の増加はありますが、消費税の納付による収入の減少、取引対価の引下げや取引の停止のリスクといったフリーランスにとっての最大の問題がなくなります。私は、この③の可能性について交渉してきましたが、財務省は「事業者免税点制度は消費税に係る記帳や書類の保存に関する事務負担への配慮から設けられた制度である。そして、適格請求書発行事業者はこれらの事務負担が義務付けられるものである。そのため、適格請求書発行事業者を免税事業者とすることは、事業者免税点制度の意義が失われるため、認められない」との立場を貫いています。

 仮に、これまでの事業者免税点制度の意義がそのようなものであったとしても、端的に小規模事業者保護の制度として組み立てなおすことはできるはずです。もちろん、益税の問題、税の公平性の問題はありますが、フリーランス保護の一つの方策として引き続き検討・交渉を続けたいと考えています。

4.フリーランス政策の重要性の高まり

 私は、これまでどの国会議員よりもフリーランス政策に取組んできた自負があります。2019年7月再選後は、政府統一でのフリーランス実態調査の実施、フリーランスの定義、下請法の資本金要件の見直しの検討、下請中小企業振興法の改正(対象取引類型の拡大等)等、一つ一つ実現してきました(山田太郎のフリーランス政策の歩み)。

 その結果、政府の各種計画等にもフリーランス政策が盛り込まれるようになりました。岸田総理もフリーランス保護を訴えており、骨太方針2022には「フリーランスについて、事業者がフリーランスと取引する際の契約の明確化を図る法整備や相談体制の充実など、フリーランスが安心して働ける環境を整備する。」と法整備が明記されています。

 このようにフリーランス政策が政府の主要政策になったのはここ3年間の話であり、インボイス制度の導入が決まった2016年の税制改正法案の成立時とは大きく事情が変わっています。ですから、今一度、実施前に、フリーランス保護の観点からしっかりとインボイス制度を見直すべきではないかと考えています。

5.まとめ

 国会審議を経て決められたインボイス制度ですが、さまざまな問題を抱えており、フリーランスに対して大きな不利益が懸念されます。これまで、懸念の解消のために努力を続けてまいりましたが、小規模事業者やフリーランスについて、消費税の納付による収入の減少、取引対価の引下げや取引の停止のリスクを十分に解消できてはいません。事務負担の増加についても、まだまだ手当てが足りないのが現状です。消費税率引き上げから4年間の猶予期間が設けられましたが、移行の準備が整っているとは言えず、より一層の取組みが必要です。現在、インボイス制度を実施せずに、軽減税率制度が運用できていることに鑑みても、絶対に2023年10月から実施しなければならないものではないと言えます。

インボイス制度によるフリーランスへの不利益の重要部分が解消されていないため、このままのインボイス制度には反対します。

以上

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