2022.11.24

【視察レポート】1人の命も散らない、熊本赤ちゃんポストの今


(説明をして頂いた病院長の蓮田院長)

6月20日、「赤ちゃんポスト」の視察のために、熊本県熊本市の慈恵病院を訪れました。

■赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)とは?
「こうのとりのゆりかご」と呼ばれる赤ちゃんポストができたのは2007年。先代の院長の「小さな命を救いたい」という思いから産まれた、実の親が育てられない子どもを病院が預かる仕組みです。この時は世間でも大変注目されたので、報道で目にした方も多いと思います。「赤ちゃんポスト」は賛否両論ありますが、私は、現状の子の命を守るために必要であるという立場です。過去11年、東京、大阪、神奈川、埼玉だけで50人以上の乳児が遺棄されていますが、もし赤ちゃんポストが近くにあれば、救えた命もあったのではないかと思います。15年間、自費で赤ちゃんポストを継続されている慈恵病院の皆様には、心から感謝しています。

中には、「子捨てを助長する」という批判がありますが、15年間の預け入れは全部で161件、右肩下がりです。安易な育児放棄はまん延していません。お産の前に病院に相談に訪れ、特別養子縁組された方は300人を超えるそうです。


提供)慈恵病院

実際に病院の内部と赤ちゃんポストを見せていただきました。
これは病院の入口です。地域にも愛される産婦人科医院で、妊産婦さんがひっきりなしに訪れていました。

その入口から左に進むと「こうのとりのゆりかご」というサインがあります。扉を超えると小道が続きます。

ポストまでが思ったより長い道のりで、悩みぬいたお母さん達は、どのような気持ちでこの道を通っていたのかと考えてしまいました。

道の半ばには看板があります。

ポストの横には、「赤ちゃんをあずけようとしているお母さんへ 秘密は守ります。赤ちゃんの幸せのために扉を開ける前にチャイムを鳴らしてご相談ください」と書かれています。チャイムが鳴ると、すぐに職員がかけつけ別室で相談にのります。相談ということになれば、慈恵病院が養子縁組の手伝いなどもできるのですが、ポストに入ると児童相談所の管轄になるため、ブザーを押してもらうよう誘導がされています。

ポストの中は二重扉になっており、手前に手紙が置かれています。その手紙を取らないと扉が開かないようになっています。その手紙には番号が振ってあり、その手紙を持ち帰ると、後日番号で照合できるようになっています。


また、ポストの前には「赤ちゃんについて教えてください」として、赤ちゃんの名前、生年月日、赤ちゃんへのメッセージという欄が設けられた紙が置かれています。これは、韓国の赤ちゃんポストで実施されており取り入れたそうです。

このポストの裏側は、このようになっています。赤ちゃんがポストに置かれると病院中で分かるようなシステムで、ベッドが自動的に保温されるなど赤ちゃんの命が保たれるような設備になっています。

院長は世界中の赤ちゃんポストを視察されていますが、『慈恵病院の赤ちゃんポストは世界で最も安全な赤ちゃんポストだと言われている』とおっしゃっていました。しかし、これだけの設備と体制を維持するのには、年間2000万円かかっているそうです。500万円の寄付があるそうですが、1500万円は持ち出し。安全に運営しようとするとこれだけの費用がかかることも、全国に展開されない理由のひとつです。

■困難を抱える妊産婦の根本的な問題
長年、困難を抱える妊産婦の支援に関わってきた院長によると、遺棄・殺人、赤ちゃんポスト、内密出産の女性たち9割以上に以下の①~④があると言います。
① 被虐待歴
② 境界領域の発達障害
③ 境界領域の知的障害
④ 家族との関係が良くない。特に母親との関係が良くない。親が離婚して母親が行方不明、母親が死亡

院長は、「赤ちゃんポストに預けに来た人は、現実には本当に必死に生きている人たちばかりです。そこには、一人でどうしようもできなかった背景があります。これまで、本当に安易だと思った人はたった一人でした。自分の子どもを預けるときに笑っていたのです。しかし、後から分かりましたが、彼女は発達障害でした。軽度の発達障害の場合、本人も気がついていない場合がほとんどです。重度だと周りが気付いてサポートがあるのですが、ボーダーの人の方は本人や家族も理解していません。頑張れといっても頑張れない。そういう人が多く来ています。熊本は南の島なので、来るのも大変です。家族に知られたくないという前提があるので、家族が来るまでに帰らないといけない、そうすると熊本までくる選択肢がなくなります。関東の大学生が子どもが生まれてすぐ、新幹線で連れて来たこともありました。」と子どもを預ける大人の背景について詳しく教えてくれました。

私も、赤ちゃんポストという受け皿の話だけではなく、このような原因に向き合い、負の連鎖を断ち切るための施策を強化する必要があると思っています。子どもの命を奪ったことを擁護するつもりはありませんが、赤ちゃんを遺棄・殺人をしてしまった女性と、テレビで赤ちゃんポストを見て預けた女性の境遇は紙一重です。実際に、先生が遺棄、殺人をした被告に会うと、赤ちゃんポストのことを誰も知らないそうです。一方、赤ちゃんポスト発祥の地でもあるドイツでは、赤ちゃんポストの存在が周知徹底されています。

社会的養護の対象になった環境というのは、エリートの裁判官や国会議員、官僚には想像できないことがほとんどだと思います。「避妊しなかった自分が悪い」、「なぜ中絶しなかったのか」、「相談できる相手はいないのか」、「そのくらい1人でできるだとう」と言われても、うまくできず苦しんでいるのです。しかも、発達障害等があれば裁判でも自己弁護できません。

写真)慈恵病院の蓮田健院長

■出自を知る権利をどうするか

この「赤ちゃんポスト」の課題として、こどもの出自を知る権利についても触れておきたいと思います。私は、以前より、諸外国のように養子縁組記録(児童相談所や民間あっせん事業者が持つ個々の記録や、裁判所の調査報告書、審判書、児童養護施設でのケース記録など)を中央機関が一元的に管理すべきだと主張してきました。生みの親の情報や縁組の経緯などを知ることは、こどもの出自を知る権利を保障するためにも、非常に重要なことです。この赤ちゃんポストの場合も、こどもが出自を知る権利が保障されていません。だからといって赤ちゃんポストをやめた方が良いという話ではなく、国としても早急に議論を開始し、国内法を整備していくことが、必要だと考えています。また、出自に関してネガティブな情報であっても伝えることが、果たしてこどもにとって良いことなのか、という論点も残されています。こういった論点を整理・議論し、「出自を知る権利はどうあるべきか」という国としての方針を決めるためにも、しっかりと政府に働きかけていきたいと思います。

写真)左:私(山田太郎)、右:慈恵病院の蓮田健院長

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