2026.3.11

こどもを守る制度が変わった―災害共済給付制度(JSC)の抜本的見直しと、その実現までの道のり

令和7年(2025年)、学校の管理下でこどもを亡くした遺族にとって長年の課題だった「災害共済給付制度(JSC)」の運用が、大きく改善されました。 本記事では、この制度改善がどのような経緯で実現したのか、何がどう変わったのかを、具体的な対応内容とともに解説します。

災害共済給付制度(JSC)とは

独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が運営する「災害共済給付制度」は、学校の管理下で発生した児童生徒の負傷・疾病・障害・死亡に対して給付金を支払う公的制度です。共済掛金は、国、学校の設置者(市区町村や学校法人など)、保護者の三者が負担している、互助共済制度です。学校での事故やけがだけでなく、学校の管理下で発生したいじめや体罰等を原因とする自殺も、この制度の給付対象に含まれます。

しかし、制度の設計や運用上の問題から、本来救済されるべき遺族が給付を受けられないケースが少なくありませんでした。特に、申請の時効、周知の不徹底、学校を経由しなければならない手続き上の壁、そして高校生等に課される「故意」の要件という4つの問題が、長年にわたって遺族を苦しめてきました。

提言から始まった制度改革

令和7年5月、自民党 孤独・孤立対策特命委員会の「こどもの自殺対策プロジェクトチーム(PT)」は、政府に対しJSCの見直しに関する4つの提言を申し入れました。この提言を受け、こども家庭庁と関係省庁が迅速に対応を進め、具体的な制度改善が実現しました。

以下の表に、4つの提言とその対応状況を整理します。

変わったこと①:時効の壁を実質的に取り除く(提言①・②への対応)

時効の利益の放棄を「見える化」

これまでJSCの給付申請には2年の時効が設けられていました。しかし、こどもの死亡が学校の管理下における災害であるかどうかを確認するには、裁判や第三者委員会による調査が必要なケースも多く、その調査が2年以上かかることも珍しくありません。時効が成立してしまえば、どれほど正当な請求であっても給付を受けられないという深刻な問題がありました。

この問題に対し、令和7年9月29日、JSCは時効の利益の放棄に係る内規をウェブサイトの「災害共済給付関係の基本規程」の箇所に公表しました。これにより、遺族がJSCに対して時効の利益の放棄を求めることができることが明確になりました。裁判や第三者委員会の調査等により、学校の管理下の災害であることが2年以上経過して判断された場合など、特別な事情がある場合はJSCが時効の利益を放棄することが、誰でも確認できるようになったのです。

遺族への確実な情報提供

令和7年11月17日には、死亡事案発生時に学校・学校設置者から必ず保護者にJSCに係る情報提供が行われるよう、遺族向けの周知資料が作成され、JSCウェブサイトに掲載されました。この資料には、給付の対象範囲、請求方法、時効の扱いが分かりやすくまとめられています。

さらに、この周知資料の内容は、文部科学省の「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の指針」(令和7年12月改訂)にも盛り込まれました。同年12月26日には文部科学省が改訂された指針を全国の教育委員会等へ送付しており、自殺事案が発生した際には、遺族への案内が制度的に担保される仕組みが整いました。

変わったこと②:学校を経由しなくても申請できる(提言③への対応)

「直接請求」の実質的な障壁を除去

体罰や不適切な指導など、学校側が責任を認めにくい事案では、遺族が直接JSCに申請しようとしても、学校が死亡報告書の記載を拒否することで事実上申請できないという問題がありました。現行の施行令では保護者による直接請求が認められているものの、死亡報告書の様式が「学校長の証明」を必要とする形式になっていたため、学校が協力しなければ書類を揃えられないという矛盾が生じていたのです。

令和7年9月4日には、学校の設置者が保護者から提出された書類をJSCに送付する義務があることが、文部科学省を通じて全国に周知されました。設置者は、学校の管理下で発生した災害であると認識しているか否かに関わらず、書類を送付する義務を負うことが明確にされたのです。

さらに令和7年11月17日には、遺族団体からの意見も踏まえ、保護者のみで用意できる直接請求用の死亡報告書様式が新たに作成され、JSCウェブサイトで公表されました。学校長の証明を必要とせず、保護者自らの証明で記載・請求できるこの様式の整備により、保護者による請求が学校側の対応によって止められることがなくなりました。

変わったこと③:高校生の自殺への給付判断が柔軟に(提言④への対応)

「故意」要件をめぐる複雑な問題

現行制度では、小中学生の自殺については、判断能力が未発達であることを理由に「故意」の要件が課されていません。一方で、高校生等の自殺については、「故意による死亡」は原則として給付の対象外とされています。ただし、いじめが原因と認められる場合には例外として給付が認められてきました。

提言④では、この高校生等に適用されている「故意」要件の廃止を求めました。しかし、この変更には法律および政令の改正が必要です。さらに、平成28年の地裁判決では、制度における故意要件の合理性が認められており、短期間での法改正は難しい状況でした。

また、保険制度では一般的に、故意による事故や死亡は補償の対象外とするのが原則です。小中学生については判断能力の未発達を理由に例外とされていますが、この例外を広げる場合には、「なぜ高校生には適用しないのか」という制度上の説明が必要になります。しかし、小中学生と高校生の事理弁識能力(物事の善悪や結果を判断する能力)に明確な差があることを法的に示すことは容易ではありません。

このため、提言④を受けてこども家庭庁と法制局の間で検討が行われましたが、法制局からは「他の法律に基づく保険制度では故意要件が認められており、本制度だけ特例として故意要件を設けない合理的な説明がない」との指摘があり、結果として法律改正には至りませんでした。

運用の改善による実質的な救済の拡大

法改正という高いハードルを前に、こども家庭庁は令和7年12月15日給付の判断に係る留意事項についてJSCに対し通知を発出しました。この通知には、次の重要な内容が盛り込まれています。

高校生等の故意の死亡等に係る「強い心理的な負担」がいじめ等により生じたか否かに係る判断に当たっては、いじめ防止対策推進法に基づく調査、文部科学省の「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針」に基づく第三者委員会の調査を踏まえて判断すること。加えて、診療担当医師等の見解等がある場合にはこれらを踏まえ総合的に判断すること。また、遺書、同級生の証言、有識者の意見等が提出された場合は、当該書類について、審査の過程において適切に取り扱うこと。

さらに、いじめ等と他の故意の死亡等の原因との関係の優劣までを確定することは求めないという点も明記されました。これまで「主な原因」としてのいじめの立証が事実上求められていた審査が、より柔軟かつ総合的な判断へと改善されたことを意味します。自殺には様々な要因が複雑に関係しているという近年の社会的認識を踏まえた、重要な運用改善です。今後この運用改善によって実態を蓄積し、法改正を模索します。

対応の全体像:提言から半年で実現した制度改善

以下に、提言から制度改善実現までの時系列を整理します。

提言から約7か月という短期間で、4つの提言すべてに対して具体的な対応が実現しました。法改正が必要な事項については運用の改善という形で実質的な救済拡大を図りつつ、法改正を要しない事項については迅速に制度整備を進めるという、現実的かつ着実なアプローチが取られています。

この改革が持つ意義

今回のJSC改訂は、単なる手続き上の改善にとどまりません。その本質的な意義は、学校の管理下で子どもを亡くした遺族が、制度の壁に阻まれることなく正当な給付を受けられる環境を整備したという点にあります。

特に注目すべきは、「直接請求用の様式の作成」です。これは、学校側が責任を認めようとしない事案においても、遺族が自らの力で申請を進められる道を開くものです。また、時効の利益の放棄を内規として公表したことで、長期にわたる調査を経てようやく事実が明らかになった場合でも、給付の道が閉ざされないことが制度として保証されました。

これは、こどもの命を守るための政策の実効性を高めるものです。遺族の声に耳を傾け、制度の不備を一つひとつ解消していく姿勢を、今回の改革で貫きました。これらの改善は、実際に制度を使用した遺族の政策提言から行政対応、そして制度改善へという政策サイクルが機能した事例でもあります。今後は、通知を踏まえた運用状況のモニタリングを継続しながら、さらなる制度の充実が進めて参ります。

関連記事